第六話 魔核
学園内でも一際立派な扉の前に立つ。
扉の向こうにいるであろう人物は、学園長を任されるくらいなのだから、きっとそれなりの身分であるに違いない。
貴族令嬢と並んでいるだけでも場違いに感じるのに、それがもう一人ともなれば息苦しさまで覚えそうなほど。一応入学式の時に顔は見知ったとは言え、やはり普段から関わるような立場の人物でないというのは大きい。
「なぁ、本当に入るのか?」
「何を今更。当然でしょ? そのために来たんだから」
一切の迷いなくそう答えたクラウは、そのまま扉をノックしてしまう。
中から「どうぞ」と返答があったのを確認して、クラウは静かに扉を開いた。
「失礼します、学園長」
「し、失礼します」
クラウが扉を開けて、向こうからもこちらの姿が見えてしまった以上、入室の挨拶くらいはせねばなるまい。
部屋の奥。中央に設置された大きな机の向こうに、その人物はいた。
いかにも値段の張りそうな黒のスーツで身を包み、静かにイスに腰掛けている様は、まるで絵画からそのまま出てきたかのよう。
首下から肩にかけてあしらわれている装飾は、彼の
正確な年齢まではわからないが、初老と言った感じの顔立ちに、服の上からでも鍛え上げられた肉体は見て取れて、まだまだ騎士としても現役なのだと思わされる迫力がある。
「随分急ぎ足だったようだが、何かあったのかな?」
どうやら壁越しでも、こちらの気配は察知されていたらしい。
深い彫りの顔の造りはこの国では珍しくはないが、その中でもかなり整っていると言っていい造形なので、若い頃はさぞ女性を虜にしてきただろう。
もちろん、今でも魅力が損なわれている訳ではないので、老若男女問わず、人気はありそうなものだが。
「学園長に確認したいことがありまして、こうしてお訪ねしました。今、お時間はありますでしょうか」
「ふむ。まぁ、いろいろと忙しい身ではあるがね。大切な生徒の急ぎの用とあれば、そちらを優先しよう」
「ありがとうございます」
一応、アルサンドラたちからこういった場での礼儀作法も学んできたディクスだが、習うと出来るでは全く違う。
クラウが一方的に話を進める中、ディクスはただ気をつけの姿勢で立っていることしか出来ない。
「なるほど、彼女がそんなことを……」
クラウから一連の流れを聞いた学園長は、顎に手を当てて、考え込む。そして、ディクスの方に視線を向けると、静かに口を開いた。
「君の意見はどうだい、ディクスウェンくん」
「え、俺ですか?」
まさか意見を求められるとは思っていなかったので、完全に不意を突かれた状況。
それでも、黙っている訳にも行かないので、とりあえず自分の考えを学園長に伝える。
伝えたのは四点。
『十年前に住んでいた村が閃光竜に襲われた』ということ。
『救助に来てくれたアルサンドラ=グレインフォードに命を救われた』ということ。
『自分の身体に埋め込まれていたのが魔核であるとは知らされていなかった』ということ。
そして『その魔核のおかげで、自分は命を繋いでいるらしい』ということだ。
「ふむ。その閃光竜の魔核のおかげで、君は延命出来たと言うことか」
学園長は更に思考を巡らせているのか、視線を斜め上にずらして、しばし時間を置き、一つの結論に行き着いたという風に、改めてそれを口にする。
「クラウディアくんの話と総合すると、その閃光竜の魔核が何らかの原因で、君の
規格外であるランク
もし全ての原因が胸の魔核にあるのだとしたら、それは悪いものという認識になるのだろうか。
「まぁ、わからないことをわからないままにして、善悪の議論をしていても仕方がない。今回は学園の敷地に多少被害は出たが、人的被害はないのだから、それでよかったとしようじゃないか」
あまりにも大らかな学園長の思考に、ディクスは唖然とする。
この感覚。まるでアルサンドラと話している時のようだ。
自由奔放で、掴みどころがなくて、結果振り回される。十年間の修行でも何度彼女の言った無茶に付き合わされたことか。
「当人である俺が言うのもなんですけど、本当にそれでいいんですか?」
「……君は、特定の誰か、もしくはこの学園に対して悪意を抱いているのかね?」
「……いいえ」
「なら、それでいいじゃないか。無考えはよくないが、考え過ぎもまたよくない。君に悪意がないのなら、今回の件はあくまで事故。もっと言えば、君に向けられていた悪意を放置していた、我々大人のせいでもある」
ディクスに親切に接してくれる大人など、アルサンドラの
この人が学園長ならば、この学園でやって行くのは、自分にとっても都合がいいかも知れない。
それは、入学以降嫌なことばかりだったディクスの心に、希望の光が差した瞬間。学園長の人柄もそうだが、こうして彼と引き合わせてくれたクラウには、感謝してもし足りないだろう。
「そういう訳で、マリエラ先生には、私から注意しておこう。もちろん、君がその力で他の生徒を意図的に傷つけるということになれば、話は変るけどね」
そこは大人として、きちんと
むしろ、そう言ってもらえるのなら、信用度はより増すというもの。彼の中で善悪の基準が明確なら、悪に寄らない方法で、自分を磨いていけばいいのだから。
「今回の件は、命の危機が迫ったことによる暴走に近いのだろう。であるのなら、今後はその能力を使いこなせるようになればいい話だ。もちろん、複数の聖剣を同時に錬成するなんて初めてのケースだから、いろいろと手探りにはなるだろうけどね」
「……具体的には、何から始めればいいんでしょうか」
学園側にとっても初めてのケースなら、誰かに教えを請うという訳にも行かない。そうなると独学になってしまう訳だが、せっかく聖剣学園に学びに来ているのに、何もなしでは心許ないというのが正直なところだ。
「一応、君たちの担任のネフェル先生には、一連のことを伝えておこう。彼女はああ見えて指導熱心な人だから、きっと力になってくれると思うよ?」
今のところ、ディクスの中では、担任のネフェル先生は、見た目の美人が台無しになるほどに、がさつでだらしない印象。言葉使いは荒いし、生徒への当たりも強い。
「大丈夫なんですか? あの先生で……」
クラウもそこは同意してくれている様子。年齢のことを除外すれば、クラウの方がまだ教員になるのに向いている気がする。
「まぁまぁ。詳しくは伏せるけど、彼女は彼女でいろいろあったんだよ。根が悪い人間でないことは、私が保証する」
学園長ほどの立場の人にそうまで言われれば、こちらとしては頷く他ない。
とりあえず、今日のところは様子を見る意味も含めて休むよう仰せつかり、担任の先生への相談は後日と言うことになった。
その先生の指導が、想像を絶するものであることなど、この時のディクスたちは知る由もない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます