第五話 目を覚ますと

 身体が熱い。心臓の辺りを中心に発生した熱が、血管とはまた違う流れを辿って、全身に伝わっていく。


 それは種を中心に根を伸ばした植物のようでもあり、薄い氷に衝撃を与えた時に入る細かい亀裂のようでもあり。


 全身に広がったそれが激しく脈動を繰り返し、ディクスの身体を熱く滾らせていた。


(何だろう、この感覚……)


 熱に犯されているというのに、不思議と嫌な感じはしない。むしろ、そのおかげで体の調子がよくなっているようにすら感じるほど。


 既に身体の調子は万全。あとは目を覚ませば、今までの日常に戻れるはず。


 ディクスは意図的に意識を浮上させ、閉じていたまぶたを開いた。


「あら? 目を覚ました?」


 自分よりも少し年上の女性の声。


 周囲を見渡すと、そこはどうやら医務室であるらしいことがわかる。自分で辿り着いた覚えはないが、誰かが運んでくれたのだろうか。


「今の調子は答えられる? 身体の不調とか、気分が悪いとかない?」


 白衣に身を包んだ、長髪でスレンダーな女性が、こちらの顔を覗き込んでくる。こちらの焦点が合っているか調べているのか、目の前で手をひらひらと振ったり、指を立ててその数を答えさせられたり。


「大丈夫です。むしろ好調なくらいですよ」


 その場で身を起こすと、何故か上半身が裸になっており、昔の古傷が露わになっていた。かつて胸の中央を貫いた建物の破片によって出来た傷。アルサンドラから聞かされた話では、あと少しずれていたら、心臓を直撃して即死だったと言う。


 その傷の中心には、小指の爪くらいの大きさの、碧い宝石のようなもの。アルサンドラは、これのおかげで命を失わずに済んだと言っていたが、それがいったい何なのかは、ディクスも聞かされていない。


「で、周りにいる物騒な人たちは何なんですか?」


 医務室にいたのは保険医だけではなく、完全武装した正規の聖剣錬成士ソードブリードたち。服装から察するに、王都守護専門部隊の人間だろう。


 こちらに向ける視線には、恐怖やら、侮蔑やら、あまり向けられて嬉しいものではない感情が込められている。学園内でいじめを受けているとは言っても、正規の聖剣錬成士ソードブリードにそんな視線を向けられる謂われはないはずだ。


「念のための措置よ? 今のところは、ね?」

「念のため?」

「あなたには、ある嫌疑がかけられてるの。何だかわかる?」


 そう言われても、何も思い当たることはない。強いて挙げるなら、先の出来事で学園の敷地を滅茶苦茶にしてしまったことだが、それが理由なら王都守護隊が出張ってくることはないだろう。


「いいえ。全然」


 ディクスがそう答えると、保険医の女性は彼の胸元を指差して、一言。


「その魔核。どこで手に入れたの?」


 魔核。聞いた事のない言葉だ。


「魔核って何ですか?」

「その胸にある石みたいなものよ」


 胸の中央にあるのは、最早見慣れた碧い宝石のようなもの。これが魔核と呼ばれているのだろうか。保険医の女性の言い方的に、あまり縁起のよいものではないらしい。


「……でも、これのおかげで、俺は生きていられるらしいし、そんなに変なものではないと思うんですけど」


 それを聞いた周りの聖剣錬成士ソードブリードたちが騒ぎ出す。


「魔核のおかげで生きてるって、それはもう魔物と同じなんじゃ……」

「それにあの輝き方。そんじょそこらの魔物の魔核じゃないぞ」


 漏れ聞こえてきた声を参考にするなら、魔核というのは魔物の体内に存在する、魔素の源らしい。


 魔素は魔物にとって重要なエネルギー源で、魔核の質が高ければ高いほど、その魔物は強力になるのだとか。それが元はどんな魔物の魔核であったとしても、今この胸に魔核がある以上、自分は魔物として扱われてもおかしくないと言う。


「その魔核は、あなたの創剣回路ソードサーキットに直結してる。細かい理屈は調べてみないことにはわからないけど、ランクAAAトライエースの要因はこれと見て間違いないわね」


 規格外のランクであるAAAトライエース。まさか自分としては見慣れたこの魔核が要因だったとは、思いもしなかった。


 ちなみに、創剣回路ソードサーキットとは、聖剣錬成のためのエネルギーが体内を流れる際の血管のようなものだ。高位の聖剣錬成士ソードブリードにもなると、聖剣錬成時に身体の表面にそれが浮き上がって見えるようになるのだとか。


 言われて見れば、アルサンドラが聖剣を本気で振るう時に、全身に淡い光の線が浮き上がっていたように思う。もちろん、彼女が全力を出すなど、そう滅多にはなかったが。


「魔核の元の持ち主に心当たりは?」


 保険医に問われて、ディクスは十年前の悪夢を思い出す。


 あの場には魔物は大量にいたが、この魔核がランクAAAトライエースの理由だと言うのなら、思い起こされるのは白銀の竜だ。


「そう言えば、師匠はあの竜を閃光竜って……」


 場に衝撃が走り、周囲の全員が目を見開く。


「閃光竜って、閃光竜エクスグラディオスのことか!?」

「グレインフォード騎士総長が討ち取ったって言う、あの閃光竜の魔核!?」


 周囲の空気は一層悪くなった。保険医は元より、聖剣錬成士ソードブリードたちですら、驚愕し、脅え、不安を募らせている。


 その不安はディクスを攻撃対象と捉えるには充分なもので、聖剣錬成士ソードブリードたちは、こぞって聖剣を錬成して、彼に詰め寄った。


 それぞれの聖剣がこちらに向けられている様子は、はっきり言って脅威でしかない。


 正規の聖剣錬成士ソードブリードが、この間入学したばかりの新入生に実力で劣っているはずはないので、低く見積もっても、ガルマの数段上と言ったところか。


「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 俺は普通の人間です!」

「……悪いが、少年。確かにこうして話している分には人間に見えるが、普通の人間は魔核なんて持ってないんだよ。それも、あの伝説の閃光竜の魔核なんてね」


 多少気後れしている感じは見られるが、聖剣錬成士ソードブリードたちの動きは止まらない。


 抵抗しようと思えば出来はするが、そうしたらますます嫌疑は深まるばかりで、この状況から脱する方に話は進まないはず。せめて敵対心がないことだけは示そうと、両手を上げて降参の意を示す。


 が、次の瞬間。


 医務室のドアが勢いよく開いて、ズカズカとクラウが入ってきた。


 何事かと振り向く聖剣錬成士ソードブリードたちを他所よそに、彼女はディクスの前に立って、こちらを庇うように両手を横に広げる。


「先生。これはどういうことですか?」

「どういうも何も、見たままよ。私だって生徒のことは大事にしたいけど、流石に魔核を持った人間を野放しには出来ないもの」


 言われて、クラウがこちらに眼を向けた。


 彼女の視線が胸にある魔核とやらを捉えて、一瞬眉間が強張る。が、それも束の間のこと。すぐに保険医に向き直り、口を開く。


「これは学園の総意ですか? それともあなたの独断?」

「今のところは私の独断ね」

「なら、彼らにはお帰りいただくよう伝えてください。由緒あるアールディラン聖剣学園で、罪のない一般生徒を、一保険医が独断で処罰したとなれば、これは大事おおごとですよ?」


 クラウの言い分はもっともで。こちらとしても、ぜひそうしていただきたいところ。勝手に口を挟んでことをややこしくしたくないので黙ってはいるが、ここはクラウにがんばってもらいたい。


「……なら、学園長に直接話してみなさいな。それで処分になると言うのなら、あなたも納得すると言うことでしょう?」


 生徒を大事にしたいという部分に偽りはないのだろう。保険医の女性は、すぐに聖剣錬成士ソードブリードたちを説得し、その場から退去させた。


 もちろん、去って行った聖剣錬成士たちは、このことに納得はしていないと思われる。何か問題が起これば、すぐさま駆けつけて、ディクスを処分するはずだ。


「……これで満足かしら?」

「はい。メリア先生におかれましては、賢明な判断をなされたと思います」


 流石に大人相手にはちゃんと敬語を使うらしい。普段のクラウの勇ましさからは想像もつかないが、こういった部分で、彼女はれっきとした貴族令嬢なのだと思い知らされる。


「ディクス、服を着て。さっさと学園長のところに行くわよ」

「……あ、ああ」


 ベッド横に畳んで置いてあったシャツと上着を手早く着込み、これまたズカズカと歩いて行ってしまうクラウのあとに続く。


 苛立って見える背中。どうやら今回の件について、クラウは相当腹を立てているようだ。


 何が彼女を駆り立てているかはわからないが、一応命の恩人と捉えるべきか。となれば、自分は人生で二度も女性に命を救われたことになる。こんなことでは、目指す背中にはほど遠い。


 それに、これから会いに行くのは、この学園のトップ。およそ個人的な用件では関わることのない、雲の上の存在だ。そんな人に会いに行くと思うと、緊張で胃がひっくり返る思いである。


(どうなるんだ? これから……)


 ディクスは小さくため息をつきながら、他の生徒を押し退ける勢いで突き進むクラウのうしろに、必死になってついて行く。


 ストレスで胃に穴が開いてしまわないよう、こっそりと祈りながら。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る