第四話 無限の聖剣

 ガルマ目掛けて勢いよく射出されていく聖剣たち。


 淡い光をまとい、閃光の様に地上に降り注ぐ様は、雨と言うより流星と言った方が近いかも知れない。


「何なんだよ! こいつは!?」


 思考がまとまらない中で、それでもディクスの目に入って来るのは、際限なく地上に降り注ぐ無数の聖剣と、その中を必死に逃げまどうガルマの姿。


 地上に向けて放たれては、即座に補充される聖剣の群れ。


 最初こそ、ガルマは自らの聖剣を使って捌いていたが、何せこの物量である。きっと彼からすれば、今の状況は悪夢であろう。次から次に現れる聖剣が、今にも自身を刺し貫きそうなのだから。


(……いったいどうなってるんだ?)


 自分がどのような状態にあるかわからないが、どうやらこの現象は自分が引き起こしているらしい。


 身体中を熱い力が駆け巡っている。それはともすれば、身体を食い破って外に噴出してしまうのではないかと思うほどに。


 そんな中、騒ぎを聞きつけたらしい生徒たちが、周囲に集まり始めた。


 そんな生徒達が目にしたのは、上空に浮かんだ銀髪碧眼になったディクスの姿と、そのうしろに控える無数の聖剣。


 目を疑うとは、まさにこのことだろう。


 生徒達は、口々に見たままの悪夢を口にした。


「何だよ、あれ!? 全部聖剣なのか!?」

「どういうこと!? ディクスが練成しているの!?」


 ただひたすらにガルマ目掛けて降り注ぐ、剣、剣、剣。増え続ける聖剣は、幾重にも重なりながら、ガルマの後を追うように地面を刺し貫いている。


 立ち上っていた炎の渦を、地上に向けて放たれる無数の聖剣がかき消し、地面一帯を剣の海に沈めていく。


 それこそ圧倒的な戦力差。いくらガルマが本気を出したところで、この物量を前には戦えまい。例えその一本一本が、フェーズワンの最弱聖剣だったとしても。


 そしてついに、決定的な一撃が繰り出される。


 ガルマの動きを先回りするように放たれた十数本の聖剣。それらは的確に彼を貫き、その命を奪うための軌道を取っていた。


 最早泣きじゃくりながら逃げ惑うガルマ。その命が摘み取られようとした、まさにその時、彼女は現れる。


「ガルディエル!」


 それは彼女――クラウの聖剣の名。


 煌くような細い銀の刀身に、炎を体現しているかのような赤い宝石と、黄金の装飾で彩られた鍔。剣自体としては小振りだが、それが生み出す炎は、ガルマとは別格だ。


 クラウは今年の新入生の中で唯一フェーズスリーに達している天才にして、学園在学中に二つ名が付くであろう、数少ない候補者の一人。


 血筋だけでなく、剣才と聖剣の能力、知力に秀で、容姿も端麗となれば、他者からの人気にんきは自然と集まると言うもの。故にこそ、彼女はクラスのまとめ役として、周囲から厚い信頼を寄せられているのだ。


「ファイアプリーツ・アコーディオンカーテン!」


 クラウの繰り出した【聖剣技アーツ】によって生み出された、幾重にも及ぶカーテン状の炎の壁。その炎によって、ガルマに向っていた十数本の聖剣は、まとめて消し炭になった。


 まとめて剣を薙ぎ払ったクラウが、衝撃で乱れた髪を、バッと手ぐしでかき上げて整える。


「まったく。何なのよ、これ!」


 聖剣の成長が第三段階――フェーズⅢに入ると、聖剣は汎用的なデザインから各々の独自の姿へと変わり、聖剣技アーツが使用可能になる。


 聖剣技アーツとは、聖剣の持つ属性を、攻撃や防御と言った使用目的に合わせて、効率よく、かつ的確に使用出来るようにした技のことだ。


 ただ属性を垂れ流すだけのフェーズⅡとは比べものにならない高出力。これこそがフェーズⅢに達した証と言えよう。


 それでも、降り注ぐ聖剣は留まるところを知らない。焼き払われても焼き払われても、繰り返しガルマに向けて放たれる。


 クラウはそれらの聖剣を、何度も何度も打ち落とし、ガルマを、そして周囲に集まってきた他の生徒達を、危機から救った。


 それでも、彼女が真に見ているのは、こちらだけ。


 クラウの行動はガルマを助けるためではなく、こちらを鎮めるために起こされたものであるらしい。


「ディクス! 何やってるの! もう決着はついたから、これ、早く止めて頂戴!」


 こちらの名を呼ぶ声がした。


(そうだ。これを止めないと……)


 その声がきっかけで、ようやくディクスの意識がはっきりしてくる。


 ガルマがやる気を失ったのなら、この攻撃に意味はなく。むしろ、これ以上の攻撃は過剰防衛に当たってしまうのではなかろうか。


 そう考えたディクスだったが、止め方がわからない。


 そもそも、この力はディクスが自ら引き出したものではなく、自然と湧き上がってきたもの。原理がわからないのだから、当然止め方もわからない訳である。


「ごめん、クラウ! どうやって止めればいいのかわからない!」

「はぁ!? あんたが出してるんだから、止められない訳ないでしょ!?」

「そんなこと言われても!」


 そもそも、複数の聖剣を同時に練成するなど聞いたことのない話。それが際限なく現れる聖剣となれば、話はより複雑だ。


(と、とりあえず、聖剣を解く感じでいいのか?)


 いつもの、練成した聖剣を解除する感覚で、全ての聖剣を消そうと試みるディクス。が、消えるには消えるものの、全部の聖剣をまとめて消すには至っていない。


「早くしてよ! こっちだって、永遠に聖剣技アーツが使える訳じゃないのよ!?」

「そう言われても、こんな数の聖剣をどうしろと!?」

「あたしに聞かないでよ! あんたの聖剣でしょ!?」


 聖剣を練成するにも、聖剣技を扱うにも、聖剣錬成士ソードブリードはそれぞれエネルギーを消費している。


 当然、エネルギーは有限で、故に、聖剣の錬成も、聖剣技アーツの使用も、無制限と言う訳には行かない。 


「とりあえず、聖剣を解きまくりなさい! さっき剣の数が減ったのって、そういうことでしょ!?」


 流石はクラウと言ったところか。こんな状況でも、周りをよく見ている。が、本当にそれで間に合うのだろうか。


 ファイアプリーツ・アコーディオンカーテンは、クラウの持つ聖剣技アーツの中でも、かなり上位の技だったはず。当然、消耗も激しく、そう何発も撃てるものではない。


 これは急がなければ、ガルマだけでなく、クラウも全身串刺しだ。


(そもそも、この剣は何なんだ?)


 通常、聖剣錬成士ソードブリードが生み出せる聖剣は、一度につき一本。練成した聖剣がそこにある限り、同じ聖剣を練成することは叶わない。それが、この世界における常識である。


 にもかかわらず、ここには自分が練成したと思われる聖剣が無数に存在しているではないか。これははっきり言って異常事態だ。


(とは言え、聖剣を解く方法で消えるなら、錬成の原理としては聖剣と同じだよな?)


 であれば、聖剣錬成の元となっているエネルギーの供給を立ってしまえば、今現れている無数の剣の群れは消えてくれるはず。


 ディクスは自らの体内に意識を集中して、エネルギーの流れを探る。


 血管のように張り巡らされた、エネルギーの供給器官。それらを把握して、よりよい循環になるよう変換するのも、聖剣錬成士の技術の一つ。


 ならば、ここは逆に循環を悪くすれば、エネルギーの流出も収まるのではないかと考えた。


 あえて循環効率を下げるなど、普段なら絶対にやらないので、いきなり上手くは出来ない。それでも、ここでそれが出来なければ、二人の同期を殺してしまうことになるのだから、何としても成功させなければならない案件である。


(頼む! 消えてくれ!)


 ディクスは全ての神経を動員してエネルギーの流れを掌握。エネルギーの流出を止めることに成功し、溢れるように錬成されていた無数の聖剣は、完全にその姿を消した。


「……上手く行った?」


 ふと全身から力が抜けて、地上に落下するディクス。


 校舎の窓ガラスに目を向けると髪も目も元の色に戻っており、先程までの凄まじい力は、欠片も感じさせない状態になっていた。


 一体自分の身に何が起こっているのか。考えようとしたが、消耗が大きかったのか、急に天地が逆転したかのような感覚に陥り、ディクスはその場で大の字に倒れる。


 急激なエネルギーの消耗のせいか、倒れてもまだ、世界がひっくり返ったように感じて、思わず吐きそうになりつつ、ディクスはそのまま意識を失った。

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