第二話 最弱の聖剣使い

「おい。いつまでも寝てんなよ!」


 薄暗い校舎裏。クラスメイトのガルマに胸倉を掴まれ、無理やり立ち上がらせられるディクス。彼はこちらよりも上背があり体格もいいので、片手でも余裕で持ち上げられてしまう。


 そんな彼のうしろでは、取り巻きである二人の男子が、ニヤニヤとこちらを見ていた。


 茶色の制服の上着の前を開いて着崩しているガルマとは違い、取り巻き二人はきっちりと制服を着用している。確か、どこぞの貴族のお坊ちゃんだったか。身なりには気をつけているようだが、お世辞にも品格があるとは言えない。


 ガルマの炎の聖剣によって、こちらの制服はところどころが焼け焦げており、身体にはいくつもの斬り傷。取り巻き立ちの聖剣の力による石弾も何発も貰ったので、口の中は血の味でいっぱいだし、腫れ上がったまぶたは、もうまともに開くことも出来ない有様である。


(どうして……)


 それでも、ディクスの頭の中にあったのは、諦めではなく、全く成長しない自身の聖剣への疑問だけだった。


 聖剣学園に入学してから数ヶ月。同期の生徒たちが次々に聖剣を成長させていく中、どういう訳か、ディクスの聖剣だけは、成長する素振りを見せない。


 史上初の適正ランクAAAトライエースという評判も、すっかり地に落ちた。今の自分にあるのは、最弱であるフェーズワンの聖剣だけ。フェーズツーに移行したガルマたちの聖剣とは、能力が雲泥の差だ。


 例えばガルマの聖剣だが、フェーズⅠの時は、片手両刃剣の刀身全体に薄く炎をまとっている程度だったが、フェーズⅡに成長した今では、両手大剣に形状変化した上に、炎の勢いも格段に増している。


 強者が弱者を食い物にするのは、自然界の掟。


 それは由緒ある聖剣学園内であっても払拭し切ることは出来ず。こうして自分は、日々彼らの日頃の鬱憤晴らしのためにいたぶられているのである。


「聖剣が成長しない! 属性の発露もない! 聖剣を育てる者ソードブリードが聞いて呆れるなぁ! それでも王国最強の騎士総長の弟子かよ!」


 自分のことはいくら言われてもいい。


 腹が立たない訳ではないが、我慢は出来る。


 仮にここで負傷により倒れたとしても、それで聖剣錬成士ソードブリードになるという目標は変らないのだから。


「とりあえずぶっ倒れてな!」


 ガルマが聖剣を振り上げ、炎をまとわせながらディクスに向って振り下ろす。


 繰り出される炎と衝撃波。炎の方は、こちらが死なない程度に加減されているようだが、衝撃波の方は直撃すれば、常人なら数日間はベッドから動けなくなるだろう。


 今回の鬱憤晴らしはここで終わりか。そんな風にディクスが考えた時だった。


 突如ガルマと自分の間に割り込んだ人影が一つ。


 背を向けているので顔は見えないが、どうやら不機嫌であろうことが、背中から伺えた。


 その人物は、自らの聖剣を錬成すると、瞬時にプリーツ状の炎の壁を作り出し、ガルマの攻撃を防いで見せる。


 こうしてディクスのいじめに干渉してくる人物と言えば、一人しかいない。


 過去に何人も優秀な聖剣錬成士ソードブリードを排出しているという、名門オーディスティルンからの新入生。名を、クラウディア=ノル=オーディスティルンと言う。


 ディクス達が所属しているクラスのまとめ役だ。


 誰もがすれ違い際に思わず振り向いてしまうほどの可憐な見た目。男子と同じ茶色の上着と、プリーツ状の灰色のスカートは、女性的なラインを際立たせている。


 本人はコンプレクスに感じているらしい太めの太ももはオーバーニーソックスで半ば隠されていて、スカートとの間で、いわゆる絶対領域を、見事に作り出していた。


 一見するとただの美少女だが、しかし、聖剣錬成士ソードブリードの対する思い入れの強さは、他者の比ではない。


 もちろん育った家庭環境のせいもあるのだろうが、それ以上に、彼女の正義というものに対する執着は、目を見張るものがある。


 その理由はディクスの知るところではないが、英雄というものに心を奪われているこちらからすれば、割りと近しい思想の持ち主だと言えよう。


「またやってるの、あんたたち! 弱い者いじめなんて、聖剣錬成士ソードブリードにはあるまじき行為よ!?」


 炎の熱量から生み出される風で、彼女の腰まで届くほどの長いストレートの赤髪がはためく。


 それは、今のところ恋愛には興味がないディクスの目にも、魅力的に映った。正直言って、これほどの美貌の持ち主を、アルサンドラ以外に見たことがない。


「おい、クラウ! また邪魔すんのか! いくらクラス代表とは言え、個人間こじんかんの問題にまで口を挟むんじゃねぇよ!」

「学園の品性を下げるからやめろって言ってるの! そんなこともわからない訳?」


 言い方は癪に障ったのだろうが、学園から問題視される状況にはなりたくなかったようで、ガルマは攻撃をやめて、聖剣を解く。青白い光の粒子となって消えた聖剣は、ガルマの腕に溶けるように消えて行った。


「くっそ! わかったよ! 今日のところはこれくらいにしておいてやる! 行くぞ、お前等!」


 ガルマが引くと決めれば、取り巻きの二人はそれに従うしかない。


 三人が立ち去ったのを見届けてから、ディクスはその場に尻餅をつくように座り込んだ。耐えられる痛みとは言え、痛みは痛み。楽が出来るなら、そうしたいと思うのは自然なことだろう。


「まったく。あんたも懲りないわね。あんな目に合わされてるのに、逃げ出さないなんて」

「逃げたら欲しいものは手に入らないからな」


 彼女も聖剣を解いて、あとに残った光の粒子を体内に取り込む。この光の粒子こそ、聖剣錬成のための材料なのである。


「それにしたって、もう少しやり方があるんじゃない? 今にも死にそうな見た目してるわよ?」

「人間、この程度じゃ死なないよ」


 彼女にはわからないだろうが、こちらは実際に死にかけたことがある身だ。あの時の、冷たく、どこかに落ちていくような感覚に比べれば、痛みがある時点で大したことはない。


 こちらの言い分に首をかしげている彼女を他所に、ディクスはゆっくりと立ち上がった。


 まさかこのまま次の授業に向かう訳にも行くまい。少なくとも、一度医務室で診てもらうべきだろう。


「……付き添いはいる?」


 こちらが医務室に向おうとしているのを察したのか、彼女がそう申し出た。


 質問という形式は取っているが、ニュアンスからすると「付いて行くけど構わないか?」と確認している様子。とは言え、あまり世話になっても、今の自分には返せるものがない。


 聖剣の成長度合いや扱いは元より、座学に関しても、こちらよりも成績優秀なのが彼女だ。完全に下位の存在であるディクスには、恩を受けても、それに報いるだけの何かを持ち合わせていないのである。


「いいや。一人で行くよ。並んで歩いてて噂になっても困るだろ?」

「怪我人がそんなこと心配してる場合? ふらついているように見えるけど?」

「これも自主訓練の一部だよ。この程度のダメージ動けなくなってるようじゃ、聖剣錬成士ソードブリードとしては失格だろ?」


 一見強気で、ツンケンしている彼女だが、根が優しいのだろうということは普段の行動を見ていれば伺える。


 だからこそ、こんな自分に優しくしていては、彼女にも何らかの悪意を向ける者が現れるのではないか。そんな考えばかりが頭の中を行きかって、素直に頼ることが憚られるのだ。


「……何遠慮してるのよ。そんな状態の怪我人を放って置いたなんて言ったら、オーディスティルンの家名に傷が付くの。要するに、これはあたしの事情。あんたがどう思ってるのかは関係ないの。わかった?」


 ここは是が非にでも付いて来るつもりらしい。


 オーディスティルンの名を出されれば、こちらとしては迂闊に拒否する訳にも行かないだろう。


 相手は名門貴族のお嬢様で、こちらは元々姓も持たない辺境の村の出身。学園側はそれを理由に区別するようなことはしないが、一歩社会に出れば、身分の差を越えられる要素は聖剣錬成士ソードブリードとしての実力のみ。


 現状実力の低いディクスからすれば、名門貴族の厚意を無碍にするのは得策とは言えない。となれば、ここは大人しく厚意に甘えておくべきか。


「……わかったよ。その代わり、肩を借りたりはしないからな」

「よろけてるくせによく言うわよ。ほら腕上げて」


 無理やり脇にもぐりこんで来て、肩を支えるクラウ。


 一見するとスタイルがいいだけに見える彼女だが、その実、身体は体幹も含めてしっかりと鍛えられており、支えられていて不安がない。


 ここまで身体を作り込むのに、どれだけの時間を費やしたのだろうか。仮に聖剣がなくても、彼女なら同期の中でもかなり強い部類に入るはず。


 それに加えての、フェーズⅡの更に上――フェーズⅢの聖剣所持者なのだから、学園全体を通して見ても優秀な生徒であることは、疑いようのない事実だ。


 こんな底辺にいる自分と並んでいいような人物ではない。


 そんな考えが、ディクスの心中にへばりつき、重たい枷となって、彼の気持ちを憂鬱にさせるのだった。

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