物件紹介

太陽が街の上空で傾き始めた頃、コウタ、エレナ、リーナの三人は、不動産屋の前に来ていた。

街の外れにあるその不動産屋は、古びた看板を掲げており、普段はあまり目立たない店だったが、格安物件を扱うことで知られていた。


「ここでいいのか? 本当に格安で大丈夫なのか、心配なんだけど」


とコウタは、店の外観を見上げながら疑わしそうに言った。


「私たち、今はそんなに贅沢はできないからね。まずは低予算の物件から探さないと」


とエレナが笑顔で応じた。


「それにしても、安いって聞くとやっぱり不安よね。私でも、変な物件には住みたくないし」


とリーナも不安げに呟いた。


三人はためらいながらも、思い切って不動産屋の扉を開けて中に入った。

店内は古めかしいが清潔感があり、カウンターには初老の男が座っていた。

彼の名はロルク。

不動産屋としては長年の経験を持つ、商売熱心な人物だ。


「いらっしゃい。今日はどんな物件をお探しかな?」


ロルクが穏やかな笑顔を浮かべて尋ねた。


「低価格の物件を探しているんですけど、三人で住める家がいいんです」


とコウタが答えた。


「なるほど、予算に合わせていくつか紹介できる物件があるよ。ちょっと変わった物件もあるが、まあ見てみるといい」


ロルクは古びた地図を取り出し、手元で確認しながら、いくつかの物件の位置を指し示した。


「まず最初に案内するのは地下洞窟の住居だ。かつて鉱山だった場所を改築したもので、石材の維持費だけで住める。静かな場所で、夏は冷涼で快適だが、冬は寒いのが難点だな」


コウタは少し興味を持ったように頷いた。


「静かで治安がいいってのは魅力的だな…」


だが、リーナはすぐに顔をしかめた。


「でも、洞窟って音が響きそうじゃない?耳が少し悪い私には厳しいかも」


エレナも考え込んだ。


「それに湿気が多そうだわ。食料や家具の管理が大変そうね」


ロルクは理解を示して頷くと、次の物件を提案した。


「次に案内するのは水車小屋跡の改装住宅だ。昔は水車小屋として使われていたが、今は住居に改装されている。川の水を直接使えるから、水道代がかからないのが利点だ」


「川沿いか…水の供給が安定しているのは便利だな。生活には向いてそうだ」


とコウタが興味を示す。


しかし、リーナはすぐに首を横に振った。


「ずっと川の音が聞こえるのは無理。絶え間ない音は耐えられないかもしれない」


エレナも同意した。


「確かに、川の音ってずっと聞こえるとストレスになるかもね」


ロルクは再び頷き、次の物件に移った。


「次は街中の屋根裏部屋だ。街の中心に位置していて、商店街の上にある狭い物件だが、家賃は非常に安い。ギルドや店に近いのが大きな利点だ」


「商店街の上か…便利だな。ギルドにもすぐ行けるし、買い物も楽そうだ」


とコウタは頷いた。


「でも、屋根裏部屋って天井が低いのよね?」

エレナが心配そうに言った。


「そうだな。狭さと騒音が問題かもしれない。特に夜は商店街の音が響く可能性が高い」


とロルクが付け加えた。


リーナは考え込んだ。


「便利だけど、狭いのは嫌かも。耳が悪いから、騒音も気になるし…」


「じゃあ、次が最後だ」


とロルクが地図の別の場所を指し示す。


「泥水の家。これは少し特殊な物件だ。川沿いにある石造りの家で、広い庭付き、風呂やトイレも広くて快適。価格も非常に安い。だが…」


「だが?」


コウタが不安そうに問い返した。


「上流に巨大な魔物、『クラウドムーア』が住み着き、川の水が泥水に変わってしまいました。討伐されはしましたが、その死体があまりにも巨大で、いまだに処分できずに残っているんです。」


エレナが驚いたように口を開く。「その魔物は、一体どれほどの大きさだったんですか?」


「クラウドムーアは泥と石をまとったゴーレムのような姿で、全長は25メートルを超えると言われています。高位の冒険者パーティーがいくつか集まり、クランで対応しましたが、死体の処理には手を焼いている状態です。倒すことはできたものの、川を完全に塞いでしまい、それが原因で周囲の土地も汚染されてしまいました。」


リーナはその話を聞いて眉をしかめた。


「つまり、その巨大な死体がまだ川を塞いでいるせいで、川の水が汚れ続けているってことですか?」


「ええ、そうです。死体は泥のように崩れかけており、完全に腐るまでにはまだ数年かかるでしょう。それまでは、この物件の川も泥水のまま異臭も消えないのです。」


エレナが少し驚いた表情を見せた。


「異臭って、どれくらい酷いの?」


「まぁ…最初はかなり鼻につくが、慣れれば問題ないかもしれない。家自体はかなり良いものだから、一度見てみるといい」


三人は顔を見合わせ、少し困惑した表情を浮かべたが、安い物件には限りがある。

リーナが腕を組んで考え込み、


「とりあえず、その物件を見てみましょう」


と決めた。


ロルクはニヤリと笑い、


「案内しよう」


と店を出て歩き出した。





不動産屋から少し歩いた場所に、その家はあった。

見た目は立派な石造りの家で、風格があり広い庭も付いていた。

しかし、家の前を流れる泥水の川からは鼻を突くような異臭が漂っていた。


「うっ…確かに臭いな」


とコウタが顔をしかめた。


「これは…さすがにきついわね」


とエレナも鼻を押さえる。


リーナも眉をひそめた。


「この川が問題か…それさえ解決できれば、家自体は悪くないかもしれないけど」


ロルクは肩をすくめて言った。


「確かに川は問題だが、家自体は文句なしだ。もし興味があれば、少し中を見てみるといい」


三人は家の中を見て回った。

風呂やトイレは広くて清潔、庭も広々としており、住むには申し分ない家だった。


「家としてはかなりいいわね…」


とエレナが呟いた。


コウタも同意した。


「この価格でこれだけの広さと設備はなかなかない。でも、この川が…」


リーナは川をじっと見つめていた。


「川の泥が原因なら、いずれは解決できるかもしれない。討伐された魔物の死体さえどうにかすれば、綺麗な水が戻る可能性はあるわ」


「確かに、それが可能ならこの家も考えられる。でも、どうする?」


コウタはリーナとエレナに問いかけた。


エレナは少し考えてから答えた。


「もう少し他の物件も考えたいけど、ここも一つの候補にしておいていいかもしれないわね」


リーナも頷いた。


「川の問題を解決できるなら、悪くない物件だと思う」


エレナが地図を指差しながら考え込む。


「でも、川の異臭や泥水が気になるわね…。それに、クラウドムーアの死体が残っているとなると、何か他の問題が出てこないとも限らない。」


「ええ、その懸念は確かにあります。」


不動産屋も頷きつつ続ける。


「ただ、他の物件に比べて価格は驚くほど安いですし、さらに格安で販売しているだけでなく、分割払いも可能です。賃貸と比べても1年ほどで完済できる計算です。」


リーナは驚いたように不動産屋を見る。


「えっ、分割払いもありなんですか?」


「はい、賃貸よりもお得に済みますよ。しかも、魔法の契約書にサインするだけで、すぐに引き渡し可能です。これは本当に掘り出し物です。」


「しかし、泥水の問題はどうしようもないんですよね?」


コウタが確認する。


「残念ながら、現状では大規模な清掃作業が必要ですし、冒険者ギルドも処理には手が出せていない状況です。ですが、住めば案外気にならなくなることもありますよ。あまり贅沢を言わなければ、十分生活できる環境です。」


「住めば慣れる、ねぇ…。」


エレナがため息混じりにそうつぶやいた。


リーナも迷っている様子だが、贅沢を言っていられるほどの余裕がないことは分かっている。


「正直、怖いけど、この家の広さは捨てがたいし、分割払いなら無理はなさそう…。」


コウタはしばらく考え込んだ後、エレナとリーナに視線を向けた。


「どうする?この場所が気になるなら、一度クラウドムーアの死体を実際に見に行ってみるのもありだろう。」


エレナは頷き、リーナも


「見てみるのは賛成」


と同意した。



数時間後、三人は不動産屋に案内され、クラウドムーアの死体が横たわる場所に到着した。


川の方を見やると、クラウドムーアの巨大な死体が横たわっているのが見える。

まるで山のように大きなそれは、泥の塊でできた異様な存在感を放っていた。


「すごいな…」


コウタはその巨大さに圧倒され、思わず声を漏らした。


リーナは顔をしかめた。


「臭いもひどいし、音もこもって聞こえる。これは厳しいかもしれない。」


エレナも鼻をつまんだが、何とか冷静さを保ち続けた。


「でも、あの家そのものは本当に良さそう。これで家賃が格安なら…確かに考えどころかもしれないわ。」


不動産屋は自信ありげに言った。


「確かに、臭いや泥水の問題はありますが、立地と広さを考えれば、この価格は破格です。さらに、先ほども申し上げたように、分割払いでの購入が可能ですし、1年で賃貸と同じ価格で完済できます。」


コウタはもう一度、家と川を見比べた。


どちらも捨てがたい条件だが、この状況下での決断は難しい。


「住めば慣れるかもしれない…とは言っても、この川の状況がどこまで続くか分からないのが気になるな。」


とコウタは思案した。


しかし、エレナが最後に決断した。


「コウタ、贅沢は言えない状況だし、これ以上探す時間もないわ。これだけ広い家を手に入れられるなら、住んでみて、何とかして慣れるしかないんじゃない?」


リーナもため息をつきながら頷いた。


「そうね。何とかすれば、他に問題はなさそうだし…。贅沢言ってる余裕はないし。」


コウタは二人の意見に賛同し、最終的にこう結論を出した。


「分かった、購入しよう。どうせ分割払いなら、1年で賃貸と同じ額になるなら問題ないだろう。」


不動産屋は笑顔を浮かべながら、魔法の契約書を取り出した。


「では、こちらにサインをお願いします。これで契約が成立しますので、すぐにお引き渡し可能です。」


コウタは魔法の契約書にペンを走らせ、エレナとリーナも同じようにサインを終えた。


契約が成立した瞬間、魔法の文字が光り、彼らの新たな住居として、クラウドムーアの死体物件が正式に彼らのものとなった。


「さて、住めば慣れるって信じようか。」


コウタはそう言いながら、三人で新たな住居に足を踏み入れた。

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