スリ
コウタとエレナは、ギルドを後にして討伐任務の失敗を反省しながら歩いていた。
「結局、ホーンラビット一匹まともに倒せなかったね…」
コウタが肩を落としながらつぶやく。
炭化してしまったホーンラビットの姿を思い出し、ため息をついた。
「私も、火力をもっと抑えるべきだったわ。あんなに燃え上がるなんて…」
エレナも同じように反省の色を見せていた。
「初心者講習を受けておけば、もう少し違ったかもな…」
コウタは苦笑しながら言葉を続けた。
その時、コウタはふと腰に掛けていた小さな財布がなくなっていることに気がついた。
腰のベルトにいつも吊るしている財布が、触ってもない。
「エレナ、僕の財布がなくなってる!」
「えっ?いつの間に?」
エレナも驚いて周囲を見回すが、特に怪しい人物の姿は見当たらない。
「まさか、スリか…?」
コウタは焦りながら周囲を確認すると、人混みの中を素早く移動する小さな影が目に入った。
「あの子だ!」
コウタはその影を指差し、すぐに駆け出した。
「待って!」
エレナも後を追うが、コウタはすでにその影に向かって全力で走っていた。
逃げる影――それはリーナという少女だった。
リーナはコウタに気づかれたことを察すると、全力で狭い路地に逃げ込んだ。
彼女は本来、斥候として身軽で素早い動きが得意だが、この日は空腹が原因でいつものスピードとスタミナが出せず、逃走は思うようにいかなかった。
「どうやって追いつくか…」
コウタは周囲を観察し、路地の構造を把握しながら先回りする道を考えた。
理系的な思考と観察眼で、彼女の逃走ルートを予測しながら効率的に追跡する。
そして、次の角でリーナが曲がる瞬間
「捕まえたぞ…!」
コウタは少女の手首をしっかりと掴んだ。
しかし、その手は驚くほど痩せ細り、力もほとんど感じられなかった。
彼女は息を荒げながら、必死にコウタを睨んでいるが、その表情は疲れ果て、どこか絶望的だった。
「放して!」
少女は低い声で抵抗しようとするが、力がほとんど入っていない。
「どうして…僕の財布を盗んだんだ?」
コウタは冷静に問いかけるが、少女は答えない。
ただ、視線を逸らして黙り込んでいた。
その時、コウタは少女のお腹から小さな音が聞こえたことに気づいた――グーッと鳴る空腹の音。
少女のやせ細った体と、その音から、コウタは彼女が極度の空腹にあることを察した。
「君、何も食べてないんじゃないか…?」
少女は顔を赤らめ、恥ずかしそうに視線を下に向けたが、何も答えなかった。
「もしかして、盗むしかなかったんだね…。分かった、君が腹を空かせていたなら、まずは何か食べさせてあげる。僕たちもお腹が空いているし、一緒にご飯でも食べようか。」
コウタの言葉に、少女は驚いた表情を浮かべた。
「…なんで、そんなことを…?」
「とにかく、君が空腹だというのは分かったよ。話はそれからにしよう。」
コウタはエレナに目で合図を送り、二人で少女を食事に誘うことにした。
エレナもそれに気づき、優しく微笑みながら少女に語りかけた。
「大丈夫、今は一緒に食事をしましょう。その後で、話を聞かせてくれればいいわ。」
少女は戸惑いながらも、空腹には勝てず、黙って頷いた。
街の食堂に入り、三人はテーブルを囲んで座った。
食堂の温かい雰囲気に包まれ、しばらくすると料理が運ばれてきた。
香ばしい匂いが漂い、少女は我慢できない様子で食べ物に手を伸ばした。
「遠慮しないで、好きなだけ食べていいよ。」
コウタは笑顔で彼女に言った。
少女はコウタの言葉に少しだけ顔を緩め、黙々と料理を食べ始めた。
しばらくの間、食事に集中していたが、やがて空腹が落ち着くと、彼女は口を開いた。
「…私、リーナっていうの。」
「リーナか。僕はコウタ、こっちはエレナだ。さっきは強い力で捕まえちゃってごめんね。」
コウタは自己紹介をし、優しく謝った。
「いや、私が悪いんだ。財布を盗んだのは間違いないから…」
リーナはため息をつき、少しずつ話を始めた。
「私は、昔は斥候として冒険者をしていた。でも、大爆発の事故に巻き込まれて、耳が少し悪くなったの。仲間たちはみんな死んで、私だけが生き残った…。でも、そのせいで斥候として必要な細かい音や気配に気づけなくなって、もう誰も私を仲間にしてくれない。ずっと一人でやってきたけど、もうお金もなくて、食べるものもなくなって…それでスリなんかやっちゃったんだ。」
コウタとエレナはその話を聞き、胸を締めつけられるような気持ちになった。
「それで…一人で生きていくのが難しくなって、盗むしかなかったんだね…」
コウタは静かに頷きながら言った。
「それにしても、リーナ、君は冒険者だったんだよね?ランクはどれくらいだったの?」
「…Cランクだよ。」
リーナは何気なく答えたが、その言葉にコウタとエレナは目を見開いた。
「Cランク…!?僕たち、Eランクでやっと冒険者始めたばかりだっていうのに…」
「そうだったんだ…」
リーナは少しだけ笑ってみせたが、まだどこか物悲しげだった。
「リーナ、君にはまだやれることがあると思うよ。冒険者としての経験が豊富なんだろう?それなら、僕たちも君の力になれるかもしれない。耳のことも、何か方法が見つかるかもしれないし。」
コウタはそう言いながら、ギルに助けられた自分の過去を思い出していた。
「僕もね、かつてギルという人に助けてもらったんだ。冒険者としての最初の一歩は彼のおかげだった。君も、今は辛い状況かもしれないけど、またやり直せるさ。」
リーナはその言葉に一瞬驚き、そして静かに頷いた。
「…ありがとう。でも、もう少しだけ時間が欲しい。自分がどうしたいのか、まだよく分からないから…」
「もちろんさ。君が決めることだよ。」コウタは優しく微笑んだ。
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