初の討伐

討伐任務に出発する前の朝、コウタは宿の部屋で自分の装備を見直していた。

革の胸当ては何度かの訓練で少し擦り切れており、そろそろ新しいものを買うべきかもしれないと思った。

しかし、手元に残っているお金を考えると、そう簡単に装備を買い足すことはできなかった。


彼は自分の短剣を取り出して眺めた。

まだ初心者用の簡単な短剣で、戦闘経験も少ないため、刃はそこまで傷んでいなかったが、それでも頼りないと感じることは多かった。


「うーん、もう少し良い装備が欲しいな…でも、今はこれで何とかしなきゃ。」


そう呟いて、コウタは短剣を腰に差し、革の胸当てを慎重に装着した。

彼が使える装備はまだ限られており、冒険者としての成長はこれからだと痛感していた。


その頃、エレナも自分の装備を整えていた。

黒と深い青を基調としたローブを着込み、魔力石のはめ込まれた杖を手に取る。

エレナのローブには魔法防御の効果があり、軽装ながら魔法攻撃から身を守ることができた。

しかし、物理的な防御力には限界があった。


「この杖もそろそろ変えたいけど…今は無理ね。」


エレナは小さく呟き、財布を確認する。

彼女の財布の中には、銀貨が数枚と、ほんの少しの銅貨が残っているだけだった。

討伐依頼をこなせば少しは余裕が出るかもしれないが、今のところ、お金を使う余裕はほとんどなかった。


「最近、イエロースライムをいくら倒してもお金にならないし、討伐報酬がないとこうなるのね…」


エレナもまた、討伐依頼の報酬に頼らざるを得ない状況を痛感していた。

ギルドの依頼を受けない限り、討伐しても報酬は発生せず、ただ身体能力が上がるだけでは生活は成り立たなかった。




その後、コウタとエレナはギルドへ向かう途中、装備品を見て回るために市場に立ち寄った。

しかし、どの装備も高価で、今の二人の手持ちでは到底購入できるものではなかった。


「これとか、良さそうだけど…高すぎるな…」


コウタは店先に並んだ鋼の胸当てを眺めながら、小さくため息をついた。

銀貨数十枚が必要な装備は、今の二人には到底手が届かない。


エレナも魔力の効率を上げるための新しい杖に興味を示したが、その値段を見てすぐに諦めた。


「今は我慢するしかないわね。討伐依頼で少しずつ稼いでいけば、いつかはもっと良い装備を手に入れられるはずよ。」


エレナがそう言って笑顔を見せるが、その表情には少し焦りが隠れていた。

今後の討伐任務において、装備が十分でないことが命取りになる可能性もあると二人は感じていたが、今はお金が足りない現実に向き合わざるを得なかった。



ギルドに到着した二人は、討伐依頼を受ける前に、財布の中をもう一度確認した。


「今の手持ちだと、宿代と食事代くらいしか残ってないな。これ以上装備を揃えるのは厳しいか…」


コウタが言葉を漏らし、エレナも同意するように頷いた。


「そうね。だからこそ、次の討伐で確実に報酬を手に入れて、少しでも装備を充実させましょう。」


二人は気持ちを引き締め、初心者向けの討伐依頼に目を向けた。

報酬の少ない依頼ではあったが、まずは確実に成功させ、少しずつ実力をつけていくしかなかった。



ホーンラビットは見た目はウサギに似た可愛らしい魔物だが、素早い動きと鋭い角での突進が脅威となる厄介な相手だ。


「ウサギに似てるけど、これは魔物なんだ。倒さなきゃ…」


コウタは自分に言い聞かせるように呟いたが、その声には迷いが混じっていた。


「大丈夫よ、コウタ。私たちならきっとやれるわ。」


エレナは優しく励ましながら、杖を握りしめた。



討伐現場でホーンラビットが姿を現した瞬間、二人はその素早さに驚かされた。

ホーンラビットは草むらから飛び出し、素早いステップで二人の間をすり抜けるように動いた。


「くっ…速い!」


コウタは短剣を構えて突き出そうとするが、その速さについていけず、刃は空を切った。


「このままじゃ捕まえられない…私が魔法で!」


エレナは咄嗟に火の魔法を唱え、ホーンラビットに向かって炎を放った。


しかし、その火力は想像以上に強く、ホーンラビットに命中すると、瞬く間にその体は炎に包まれ、炭化してしまった。


「しまった…火力が強すぎた…」


エレナは顔をしかめながら、目の前で真っ黒に焼け焦げたホーンラビットを見つめた。


「これじゃ…肉も何も使えない…」


コウタはため息をつき、炭になってしまったホーンラビットの遺体を見下ろした。


「ごめんなさい、私…火力を調整するべきだったわ…」


エレナも悔しそうに呟いた。


だが、コウタはそれ以上に、自分がホーンラビットを討伐しようとすること自体に対して躊躇していた。


「…ウサギに似た生き物を…僕が本当に倒していいのかな…?」


コウタは短剣を握りしめ、手が震えているのに気づいた。

スライムは無機質な存在であり、討伐に対して迷いはなかった。

しかし、ホーンラビットは自分の世界のウサギと似た生物であり、殺すことに対して心が揺れていた。


「コウタ…これは魔物よ。でも、あなたがどうしても躊躇うなら、無理にやる必要はないわ。」


エレナはコウタの気持ちを察して、静かに語りかけた。


「分かってる…分かってるんだ…でも…」


コウタはしばらくの間、言葉を失っていたが、やがて決心したように短剣を下ろした。


「僕にはまだ…こういうことに慣れてないんだ。これからもっと、心の準備が必要だってことだよね。」



その後、ギルドに戻った二人は討伐証明を提出しようとしたが、ギルドの受付嬢は真っ黒に炭化したホーンラビットの遺体を見て困惑していた。


「これでは討伐証明としての角も、肉としての価値もありませんね…報酬をお支払いするのは難しいです。」


受付嬢は申し訳なさそうに言った。


「そ、そんな…!」


コウタは顔を青ざめた。討伐には成功したはずなのに、報酬がもらえないことにがっかりした。


受付嬢は少し厳しい口調で言い添えた。


「初心者向けの依頼は、討伐証明として魔物の角や肉が求められますが、こうした失敗はよくあります。もしかして、初心者講習を受けていませんか?」


コウタとエレナは顔を見合わせた。

彼らは今までスライムを討伐することで力をつけていたが、魔物の扱い方や討伐の基本を正式に学んだことはなかった。


「…受けてないですね…」


コウタは申し訳なさそうに答えた。


「今後のために、まず初心者講習を受けることをお勧めします。そうすれば、今回のような無駄な失敗も減るはずです。討伐証明の取り方や、効率的な戦い方も学べますから。」



ギルドを後にした二人は、深い反省に包まれていた。


「僕たち、もっとちゃんと学ばないといけないね…ただ力があるだけじゃ、冒険者としては半人前だってことがよく分かったよ。」


コウタは落ち込んだ声で言った。


「そうね…私ももっと火力をコントロールしなきゃいけないわ。力任せじゃ、私たちがやってきたスライムとは違う生き物を相手にするときに、こんな結果になっちゃうものね。」


エレナも反省の色を見せていた。


二人はこれからの冒険に向けて、もう一度自分たちを見つめ直し、もっと経験を積み、知識を蓄えることを心に決めたのだった。

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