死の山への出発

準備が整った翌朝、コウタとエレナは静かに宿を出発した。

二人の背には、十分な水と食料、そして硫化スライム対策のためのアルカリ性の水溶液やガスマスクがしっかりと詰まっていた。

まだ日の出前で、街は静まり返っており、冒険の始まりを告げる冷たい風が吹いていた。


「エレナ、準備は大丈夫?」


コウタは少し緊張しながらエレナを見た。


エレナは穏やかに微笑んでうなずいた。


「ええ、コウタ。いつでも出発できるわ。あなたが作ったこのマスク、頼りにしてるわよ。」


「うん、あれがちゃんと役立つことを願ってるよ。」


コウタは自信を持ちながらも、やや不安を抱えつつ返答した。

自分たちがこれまで作り上げた対策が、本当に効果を発揮するかは未知数だったが、それでも行動に移さなければならなかった。


二人はギルドに立ち寄り、最後に残しておいた出発の手続きと情報を確認することにした。

受付の女性が親切に対応してくれたが、死の山に向かうと聞いたとき、彼女の表情は一瞬凍りついた。


「死の山に行かれるのですね…お気をつけて。あの場所は本当に危険です。誰も近づきたがらない場所ですから、最近の情報は少ないです。でも、気をつけて。」


受付の女性の言葉は、彼らが向かおうとしている場所の危険性を改めて強調していた。

だが、コウタとエレナは既に決意を固めていた。


「ありがとう、必ず気をつけて戻ります。」コウタはそう言って、エレナとともにギルドを後にした。




死の山への道は、険しくはないが、徐々に人里離れた荒野へと変わっていった。

朝日が昇り始め、二人の足元に長い影を落としながら、道はどんどん寂しく、荒涼とした風景が広がっていく。


「静かね…ここまで来ると、本当に誰もいない。」


エレナがつぶやくように言った。


「そうだね…でも、逆に安心でもある。あの三人組に襲われる心配はここではないだろう。」


コウタは周囲を見回しながら答えた。魔法の森では悪名高い三人組が待ち伏せしているという噂があったが、死の山に近づくにつれてその心配はなくなりつつあった。


「それにしても、こんなに人がいない場所で何が起こるんだろうね?」


エレナは、周りを見渡しながら少し不安そうに続けた。


「ここには、僕たちが解明しなければならない謎がある。それを探るために来たんだ。硫化スライムの対策もできているし、これ以上準備は整えようがないよ。後は、実際に試してみるしかない。」


コウタはそう言って前を見つめた。



山の入口に差し掛かると、周囲の空気が一気に変わった。大地が温かく、どこか湿っぽい空気が漂っている。

時折、鼻を突くような卵の腐ったような臭いが微かに漂ってきた。


「この臭い…間違いない、硫化水素ガスが少しずつ出ているんだ。」


コウタは冷静に言った。


エレナは不安げに辺りを見回した。


「本当に大丈夫なの?硫化水素なんて聞いただけでも怖いわ…」


「大丈夫だよ、エレナ。僕たちには準備があるし、濃度はまだ低いはずだ。だけど、この先ではもっと濃くなるかもしれない。ガスマスクを装着して進もう。」


コウタは自信を持って言いながら、自分の作ったガスマスクを取り出した。


二人はガスマスクをしっかりと装着し、慎重に歩を進めた。

周囲には動物や魔物の姿は見当たらないが、辺りに漂う不穏な気配が二人を圧迫していた。足元の地面が湿っているのは、硫黄を含む温泉が近くにあるからだろうか。

大地の熱と湿気が彼らを包み込み、ますます異様な空気感を作り出していた。


「この先が山の中心部か…」


コウタがつぶやくように言った。


「気を抜かずに行こう。」


エレナも頷き、魔法の準備を整えながらコウタの隣に立った。

未知のスライムとの対決が迫っている。

果たして、彼らの計画が功を奏するのか――それは、次の瞬間に明らかになるだろう。


こうして二人は、死の山の核心部へと一歩一歩近づいていった。


コウタとエレナが死の山の奥深くへ進むにつれ、周囲の空気がさらに重く、濁ったような感覚が彼らを包み込んできた。

ガスマスク越しにも、まだ微かに漂う卵の腐った臭いが鼻を突く。地面は湿り、ところどころに蒸気が立ち昇っている。

まるで大地そのものが呼吸しているかのようだった。


「この辺りは間違いなく危険だ…硫化水素の濃度も高まってきている。」


コウタは静かに言い、立ち止まって周囲を確認した。


「確かに…この感じ、普通の場所じゃないわね。」


エレナも慎重に周囲を見回し、魔法の準備を整えながら答えた。


二人はさらに奥へと進むが、しばらくすると足元に異変が起きた。

柔らかい泥のような地面が不自然に動き出したのだ。

コウタはすぐに気づき、声を上げた。


「エレナ、気をつけて!あれだ、スライムがいる!」


その言葉とともに、地面からゆっくりと巨大な黄色い塊が姿を現した。

イエロースライムだ。

スライムは鈍く光りながら、じゅるじゅると音を立てて形を変えながらコウタたちに近づいてくる。


「これが、イエロースライム…!」

エレナが驚いた声を上げる。


スライムはまさに危険そのもののように見えた。

硫黄のような臭いがさらに強まり、その巨大な体からは毒々しい黄色い液体が滴り落ちていた。

コウタの頭の中には、硫化水素の危険性がすぐに浮かんだ。


「エレナ、絶対に近づかないで!あいつから毒が出ている。直接攻撃は危険だ!」


コウタは叫びながら、作戦を練る。


エレナは魔法の杖をしっかりと握りしめながら、

「どうするの、コウタ?」

と焦りながら尋ねた。


コウタは一瞬思案した後、冷静に答えた。


「直接攻撃は危険だ。硫化水素が発生している可能性が高いから、炎は使えないし、近距離戦も危険すぎる。でも、スライムの弱点はアルカリ性だ。準備してきたアルカリ性の水溶液を使おう。」


エレナは頷き、背負っていた袋からコウタが準備したアルカリ性の液体を取り出した。


「これをどうやって使えばいいの?」


「僕がスライムを引きつけるから、その隙にできるだけスライムにかけてくれ。スライムの体に直接かければ、やつの動きが鈍るはずだ。」


コウタはそう言い、作戦を立てた。


「わかった、やってみるわ。」


エレナは決意を固めた表情で、液体を構えた。


コウタはスライムの前に立ち、注意を引くために石を拾ってスライムに向かって投げつけた。

鈍い音とともに、スライムはゆっくりとコウタに向かって動き出す。

スライムの体は巨大で、まるで地面そのものが動いているかのようだった。


「こっちだ、こっちに来い!」

コウタはスライムを誘導し、エレナが液体をかけるタイミングを図る。


エレナはコウタの指示通り、スライムが十分に引きつけられたのを見計らって、素早くアルカリ性の液体をスライムの体にかけた。


じゅうっと音を立て、スライムの体が反応する。

硫化物の反応が始まり、スライムは苦しむようにその形を変えながら、液体がかかった部分を溶かし始めた。

黄色い体が徐々に崩れ、スライムの動きが鈍くなっていく。


「効いてる!」


エレナは叫んだ。


コウタもそれを確認し、さらに液体をかけるべく、もう一度スライムの近くへと駆け寄った。

しかし、スライムは最後の力を振り絞り、巨大な体を震わせて毒々しい液体を周囲に撒き散らした。


「危ない!」


コウタはエレナをかばうように飛び込む。彼の背後で、毒液が地面に飛び散る音が響く。


「大丈夫か、エレナ?」


コウタは息を切らせながらエレナの無事を確認する。


エレナは少し驚いた表情でコウタを見つめたが、すぐに頷いた。


「大丈夫、ありがとう。」


二人は再びスライムに向き直り、最後の液体をスライムの体にかけた。

スライムは抵抗するように揺れたが、やがてその体が完全に崩れ落ち、大地へと吸い込まれていった。


「や、やった…!」


コウタは安堵の息を吐きながら、スライムが消えた場所を見つめた。


エレナも疲れた表情でコウタに笑顔を向けた。


「コウタ、私たちやったわね。」


「本当に…無事に済んで良かった。」


コウタはエレナに向かってほっとしたように笑みを浮かべた。


二人はしばらくその場に立ち尽くし、今回の戦いの余韻を感じていた。硫化スライムとの戦いは、彼らにとって初めての大きな試練だったが、二人の連携で見事に勝利を収めた。


「これで少しは強くなれたかもな…」


コウタは小声で呟いたが、その目は次の冒険への期待に満ちていた。


エレナもその言葉に微笑み、

「そうね、これからもっと強くなりましょう。」

と答えた。


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