草原の朝

「夢…だよな?」


幸太は目をこすり、再び周囲を確認するが、目の前に広がる景色は変わらない。

手に触れる草、吹き抜ける風、そして太陽のまぶしさ。

夢だとするにはあまりにもリアルすぎた。


「俺、なんでこんなとこに…?」


ふと自分の格好に気づく。

昨晩寝る時に着ていたTシャツとハーフパンツ姿で、足元は裸足だ。

枕元に置いていたはずのスマホは無い。

財布も鍵もない。

着ているのは、ただ寝巻きだけ。


「まさか、異世界転移…とか?」


幸太は頭を抱えた。

これまでアニメやゲームで散々見てきた「異世界転移」というテーマが、どうしても頭をよぎる。

だが、現実味のない設定だと分かっていながらも、今の自分の状況を説明できる合理的な理由が他に思い浮かばない。


「やばいな…どうする、俺」


幸太は、どうにか冷静になろうと深呼吸した。

何をすべきか考えるが、まずは何よりも情報が必要だ。

この世界がどういう場所なのか、そして自分がどこにいるのか。

それを知るためにも、誰かに会わなければならない。


「とりあえず、歩いてみるしかないか…」


腹もすいていたが、食べ物を探すより先に、安全な場所を見つけるのが優先だ。

歩き出した幸太は、草原を進んでいった。

足元の感触は、柔らかくも冷たい土。

時折、石や枯れ草が足に引っかかって痛みを感じる。

時間が経つにつれて、周囲は次第に薄暗くなり、木々が生い茂った森が視界に入ってきた。


「まずい…夜になったらどうするんだ?」


焦りが出始めたその時、遠くで何かが動く音が聞こえた。

風に混じって、奇妙なうなり声が響いてくる。

幸太は一瞬、耳を疑ったが、確かにその音は近づいてくる。


「何だ…?」


足を止めた瞬間、草むらから飛び出してきたものを目にした。

体は小さく、全身が灰色の皮膚で覆われている。

顔は歪んだ牙が生え、凶暴な目つきでこちらを睨んでいた。


「嘘だろ…ゴブリン!?」


幸太は驚愕し、すぐに後ずさった。目の前にいるのは、ゲームやファンタジーでお馴染みの「ゴブリン」そのものだ。低い身長で武器はボロボロの棍棒だが、その目は明らかに敵意を示していた。


「待て、待て…なんでこうなるんだよ!」


現実離れした状況に思考が追いつかない中、ゴブリンは一瞬で駆け寄ってきた。

慌てて逃げようとするも、草に足を取られ、バランスを崩して転んでしまう。


「やばい、死ぬ!」


棍棒が振り下ろされるその瞬間、幸太は目をつぶった。

しかし、衝撃が来る前に、耳元で何かが空を切る音がした。


「斬ッ!」


鋭い金属音と共に、ゴブリンのうなり声が途絶えた。

恐る恐る目を開けると、そこには見知らぬ男性が立っていた。

鋭い剣を手にしており、ゴブリンを一刀のもとに切り伏せていた。


「大丈夫か?」


男性が優しい声でそう問いかけてくる。

その背後には、さらに二人の人物がいた。

一人は弓を持った女性、もう一人は杖を携えたローブ姿の男だ。


「…助かった?」


幸太は、自分がどうやら助けられたことを理解し、安堵のため息をついた。


「運が良かったな。もう少し遅れていたら危なかったぞ」


と、剣を持つ男が微笑んだ。


「おい、こんな場所で何してたんだ? 一人で、しかもそんな恰好で」


と弓を持った女性が疑わしげに尋ねる。


「えっと…ちょっと訳が分からなくて…目が覚めたら、ここにいたんです」


その言葉に、三人は顔を見合わせたが、特に深く追及する様子はなかった。

ローブをまとった男性が、何かを感じ取るように幸太を見つめていたが、すぐに視線を外した。


「まぁ、とにかくここは危険だから、俺たちと一緒に来るといい。近くの村に連れて行ってやる」


と、剣士が言った。


幸太は頷くしかなかった。

状況がまったくわからないが、彼らの助けを借りる以外に道はない。


「ありがとうございます…助かります」


こうして、幸太は冒険者たちのパーティーに合流し、彼らと共に歩き出した。

しかし、この時点でも、まだ自分が本当にどこにいるのか、何が起こっているのか、幸太には全く理解できていなかった。

だが、この出会いが彼の新たな運命を大きく動かすことになるのは、間違いなかった。

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