当惑

第60話

ドアベルの鳴る音が響く。今日もお客の姿は既になく静かだった。




「いらっしゃいませ」




 レイトさんがいつものように笑顔で出迎えてくれる。





「こんにちは、今日もよろしくお願します」





 頭を下げる私の隣には、ナオヤが腕を組んで仁王立ち。



 喫茶店の中まで送ってもらったからもう帰って欲しいのにとナオヤを見る。





「物好きがこいつに、ちょっかい出してるみたいなんだが心当たりないか?」



「何かあったんですか?」





 ナオヤの言葉にレイトさんは息を呑んで私を凝視する。

 私はナオヤを睨んでから笑顔を見せる。





「なにもないですよ。ナオヤがふざけてるだけです」



「昨日の夜、こいつのアパートに誰かが悪戯しに来たんだよ」





 余計なことを話すなと一生懸命に合図を出してるんだけどな。分かってて話してるよね。



 レイトさんも私の話など聞こえていないように、ナオヤに視線を移して詳細を聞いていた。





「そんなことが……」





 レイトさんは腕を組んで当惑する。当然、心当たりがあるはずないんだから。



 そんなレイトさんの様子をナオヤは注意深く見ていた。





「そういう訳だから、終わったら連絡しろよ。ここからアパートまでも送ってやるから」



「それなら、僕が送って行くので大丈夫ですよ」





 レイトさんは愛想よく私を見ながら申し出てくれた。だが、ナオヤは鼻で笑って挑発するようなことを言う。





「犯人が分からないから、信用できる奴が送ったほうがいいと思うけど?」



「それは、僕が信用に値しない。もしくは犯人じゃないかと疑ってるんですか?」





 剣呑な空気が二人の間に漂いはじめた。私は睨み合う二人の間に割って入る。





「えっと、レイトさんが折角、送ってくれるって言ってくれてるから……ナオヤありがとう。また、明日!」





 喫茶店から追い出すようにナオヤの胸を押す。





「チッ、しょうがねえな……家着いたら連絡しろよ」





 ナオヤは被っていた麦わら帽子を私の頭に戻すと、その上からギュッと手で押さえつける。





「痛いよ!」



「気をつけろよ」





 そう言って大人しく帰っていった。良かったと胸を撫で下ろしたが、新たな問題に固まる。



 振り返るのが怖い――

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