第50話

ノックが止まった。返事がないのでそっと近づいて、覗き穴から確認する。




 誰もいない。




 あれだけのノック。聞き間違えのはずがない。

 チェーンを掛けてドアを開ける。





「誰かいますか?」





 小声で暗い外に呼びかけてみるが返事はない。



 不思議に思いながら、玄関のドアを閉めて部屋の奥に戻ろうとドアに背を向けた。




ドカッ!!





「わっ!」





 大きな音に思わず声を上げた。ドアに何かがぶつかったような音。




 ――なに?




 振り返り玄関のドアを見つめたまま固唾を飲む。

 またゆっくりと近づいて覗き穴に片目を寄せる。



 見えるはずの人影や景色は無い。黒いなにかが光っているのが分かった。



 私はジット片目を凝らしてみると、黒いものがギョロリと動いた。




 白地に赤い筋――




 目玉だ! 誰かが覗いてる!



 私はすぐに覗き穴から目を離す。驚きと恐怖で声が出ない。口をパクパクさせ、腰を抜かしてしまった。



 目玉のお化け?? 頭の中は完全にパニックになっていた。




 ポロロン、ポロロン――




 部屋の奥で携帯電話が鳴る。私はその音にもびくついた。



 ただ、目の前のドアを一枚隔てた場所に得体のしれない何かがいる場所から離れるきっかけになった。



 腰を抜かして立ち上がれずに、ハイハイをしながら鳴っている携帯電話を夢中で取り、通話ボタンを押した。




『もしもし、無事に家に帰ってる?』




 携帯電話から聞こえてくるレイコの声。




「はぁぁ……レイコ。良かった……」



『どうしたの? 何かあったの?』




 溜息と一緒に出た言葉は涙が混じった声になる。

 電話越しのレイコは凄く心配そうにしきりに声を掛けてくれる。



 私は涙で滲む目を拭い「ちょっと待って」とレイコに言うと、意を決してもう一度玄関の覗き穴を確認しに行く。



 そっと覗き込むが、目玉も人影もない。暗くなった外の風景が見えるだけだった。





『ちょっと、大丈夫なの? もしもし?』





 既に怒鳴り声に変わっていてたレイコにやっと話す。




「今ね、出たの……」



『えっ? なに? なにが出たの?』



「目玉のお化け」




 私は乾いた笑いを零しながら、背筋に寒いものを感じて体が震えた。

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