第46話

休憩を挟みながら一時間ほどデッサンを続けていた私の手が止まる。



 鉛筆で頭を掻きながらスケッチブックを少し離して確認する。





「どうですか? 格好良く描いてもらえましたか?」





 唸りながらスケッチブックと睨み合っている私に、レイトさんが笑いながら小首を傾げて尋ねる。



 空っぽです――とは言えないよね。



 私が言い淀んでいるとレイトさんは椅子から立ち上がり、私の後ろにまわりスケッチブックを覗き込む。





「僕ってこんな感じなんですね。なんだか人形みたいだ」



「ごめんなさい! 私が下手だから……レイトさんは人形みたいじゃないですよ!」





 ただの人形のように見えるのは、内面を描ききれない私のせいだ。





「ごめんなさい」とまた小さく呟いて横を向くと、思いのほか近いレイトさんとの距離に固まる。





 間近に見えるレイトさんの薄茶色の瞳から目が外らせないでいるとその瞳が笑った。





「うまく描けていると思います。フフッ、名前を久々に呼ばれると少し変な感じがしますね」





 しまった! どさくさ紛れに名前を呼んで馴れ馴れし過ぎるだろう。



 私は咄嗟に恥ずかしさで熱くなった顔をスケッチブックで隠した。





「すみません……」



「名前で呼んで下さい。喫茶店に立ってからはマスターとしか呼ばれないので、自分の名前を呼んでくれる人がいないと忘れてしまいそうですから」





 レイトさんはおどけたように話す。

 また気を使わせているのだろうと思うと気分が重い。



 元々、人付き合いは苦手だけどレイトさんの前では苦手以前にすべてが空回っている気がする。





「今日はこの辺にしませんか? そんなに急がないで、納得出来る絵が描けるまでのんびりといきましょう」



「ありがとうございます」





 優しい言葉に顔を上げると、やけに視界がぼやけている。



 わっ! 泣いてる!



 自分の涙に驚きながらレイトさんに気づかれないように、また下を向いた。





「僕は戸締りして来ますね」





 下を向いた私の頭にポンと手を乗せると、そのまま歩いて行った。




 気づいてたよね――

 きっと呆れ返っているよね。

 


 私は涙を拭うとこれ以上醜態を晒すまえにと急いで帰り支度をした。

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