第29話

マスターさんは店のドアを開けに行き外を見た。





「停電と天気、回復したみたいですよ」





 ドアベルの音と湿った空気が流れてきた。雨が上がった空には星が見えていた。



 時計を見れば、随分と時間が経っていた。

 私は慌てて帰り支度をした。





「ごめんなさい! 長居してしまって。紅茶とクッキー御馳走様でした」



「家は近いんですか? もう暗いですし、送ります」





 私は、ドアを閉めエプロンを脱ぎながらカウンターの奥に歩いて行くマスターさんに声をかける。





「大丈夫ですよ」



「夜道を女の子一人でなんて駄目ですよ」





 マスターさんは振り返り、片目をつぶって言った。



 格好良い。断れないよ。

 折角だから、マスターさんの言葉に甘えよう。





「ロウソクの火を消してもらっていいですか?」





 点いたばかりの照明がまた消され、片手に店の鍵を持って何かをポケットに入れて奥から歩いて来る。



 エプロンを外して白いシャツと黒いズボン。

 シンプルな服装でもなんかオシャレ。



 私はカウンターに並ぶロウソクを端から吹き消す。



 最後のロウソクを吹き消すと、今度はちゃんと荷物を持ってドアを開けて待っているマスターさんの側に小走りに向かった。





「忘れ物ないですか?」



「はい。スケッチブックもあります」





 笑いながら、clauseの札が掛かったドアに鍵をかけた。



 私は、こっちですと道を指して歩き出す。

 隣に並ぶと背の高さが改めてわかる。



 ナオヤと同じ位? 180センチ前後かな。



 私の不躾な視線にマスターさんが私を見下ろした。





「んっ? 歩くの早いですか?」



「違います! 背が高いなって思って。すいません」





 優しい笑を向けて歩調を少し緩めてくれたのがわかった。



 緊張するけど、マスターさんの纏う穏やかでふわっとした空気が心地よい。




 妙な感覚に胸がまた、ドキドキと鳴り出した。

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