第27話

「感情ですか。動物はわかりやすくて人間は複雑ですからね」



「それです! 動物はお腹がすいたとか、今日はモデルする気分じゃないよとか凄く素直に気持ちが見えるんですけど、人は何を考えてるのか分からなくて、描き終わってもなんだか空っぽな絵になっちゃうんです」





 頷きながら笑うマスターさん。私の言いたかったことを分かってくれた気がして嬉しくなってしまう。



 少し緊張が解けてきた私は初めて入った時から気になっていたことを聞いた。





「喫茶店の名前も飾られてる絵もレオナルド・ダ・ヴィンチですよね。お好きなんですか?」



「ダ・ヴィンチが好きなのは祖父なんですよ。ここも、祖父のお店なんです。芸術が好きでしょっちゅう海外の美術館に行ってしまう。今は、イタリアにいるみたいです」



「世界の美術館めぐりですか。いいですね」





 羨ましい。私もそんな旅をしてみたいと話せば、マスターさんは苦笑いを浮かべる。





「僕に喫茶店をすべて任せて行ってしまうのが少々困りものですけどね」



「もしかして、この黒猫の絵はマスターさんのお祖父さんが描いたものですか」





 カウンター近くに飾られている黒猫の絵を指差して聞いた。マスターさんは目を細めて絵を見据える。





「フフッ。生憎と祖父には絵を描くセンスはないんです。でも、絵を飾る時に『猫はどんなに小さくても最高傑作である』なんて言ってました」





 ぼそりと呟くようにマスターさんが言った。

 どういう意味だろう? 私は黒猫の絵を見ながら首を傾げる。





「ダ・ヴィンチの言葉です。祖父は猫もゆっくりと寛げるようなそんな喫茶店にしたいって話していましたからそんなような解釈だと思います」



「なんとなく分かります! 猫って気持ちのいい場所見つけるの得意ですよね。この猫の絵も本当に気持ちよさそうで凄く好きです」





 マスターさんは目を丸くして私を見つめる。



 変なこと言ったかな? 見つめられると緊張してしまう。






「あの、私なにか変なこと言いました?」






 居たたまれなくなり、素直に聞くとマスターさんは咳払いをして「すみません」となんだか恥ずかしそうに俯いた。

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