第22話

マスターさんは冷たい目で女性を見て何も答えない。

 女性は鼻で笑うと、話を続けた。





「ダ・ヴィンチの愛人。男性のほうが好きなのかしら?」





 わざと私にも聞こえるように言っている気がする。



 女性は蛇のように私を見ている。睨まれて石にでもされたように動けない。





「噂をご存知なら……」





 マスターさんが話し出す声で私の呪縛は解かれ、立ち上がったた。



 椅子を引く音にマスターさんがこちらを見た。





「すみません。お会計を……」





 咄嗟に言ってしまったが、折角のアイスティーは半分も飲んでいない。クッキーは手付かずだった。



 慌ててクッキーを紙ナプキンで包んでポケットに入れ、できる限りアイスティーを飲んだ。





「お急ぎですか?」



「あの、ありがとうございました!」





 財布から千円札を取り出してテーブルに置くと、荷物を持ってそのまま逃げ出すように喫茶店を駆け出した。




 何してるんだろう私――




 振り返ることなく、近くの公園まで走り通した。

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