実質

実像

第20話

喫茶店ダ・ヴィンチの前で一度大きく深呼吸をした。



 タオルの入った袋もレイコにセットしてもらった髪と服も大丈夫。



 一通り確認して、そっと扉を開けた。





 カランカラン――






 今日はゆっくりと開けたのでドアベルも控えめに来客を告げる。





「いらっしゃいませ」





 カウンターからマスターさんの声が迎えてくれる。

 私のこと覚えてるかな?



 昨日と同じカウンターの席に座って荷物を置いていると、メニューを持ったマスターさんがゆっくりとやって来た。





「今日は冷たい紅茶にしますか?」





 私にメニューを差し出しながら優しく微笑む。



 覚えていてくれたことが嬉しくて、受け取ったメニューを見ることなくマスターさんに「それにします」と返事をした。





「少々お待ちください」





 マスターさんはクスッと笑いながらカウンター奥に戻って行った。



 なにか変だったかな? 緊張してしまって、自分の普通が分からない。



 俯いて溜め息をつくと、誰かの視線に顔をあげる。

 L字型のカウンターの斜め前に少し派手目な女性が私を睨んでいた。



 なぜ睨まれているのかまったく分からないが、あまり好意的な視線ではないのは分かる。



 取り敢えず、女性の方は見ないほうが良さそう。





「お待たせしました。どうぞ」





 丁度よくマスターさんで女性の視線が遮られる。アイスティーにはミントが添えられ、猫型のクッキーがのった小皿が置かれた。




 クッキーはおまけかな? 




 マスターさんの顔を見ると、察したのかウィンクして口元で人差し指を立てた。



 

 熱い―― 




 勝手に私だけ特別って言われたみたいで嬉しくなっちゃうよ。



 このままマスターさんを見ていたら、自分が沸騰しそうで慌てて視線を外した。



 タオル返さなきゃ。ぎこちなくタオルの入った紙袋をマスターさんに差し出す。





「これ、ありがとうございました」



「ご丁寧にありがとうございます」





 私の手からそっと紙袋を受け取ると、袋に描いた猫を見つけて目を細めて笑う。





「これ、手描きの猫。可愛いですね」





 答えようと口を開くと同時に、マスターさんを呼ぶ女性の声が聞こえた。

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