5

1

第37話

翌朝、鏡の前で瑠衣は驚愕と困惑に焦っていた。昨日よりもずっと細くなった自分の体に合う服がない。



 何とかベルトを締めて服を着たが、靴までもがブカブカになりストッキングにヒールから見えない靴下を重ねた。




「太って着るものに困ることはあっても、まさか痩せて困る日が来るなんて思わなかったな」




 困ったと言いながらも顔はにやけたまま急いで会社に向かった。



 今日はまだ少し時間に余裕があり自分のデスクで珈琲を飲み一息ついていると周りの視線に気づく。



 挨拶を交わし各々が自分のデスクに着くとチラチラと瑠衣を窺うように見ていた。



 瑠衣は珈琲を飲みながらほくそ笑む。昨日トイレでかげ口を言っていたのが誰かは分からないが、今日の私には言えないだろう。




――小瀬さんよりも細いもの。シュトリさんの言う通り私は注目の的だわ




 嬉しさに顔が緩みっぱなしの瑠衣に同僚が声を掛ける。振り返ると、同僚は心配そうな表情を浮かべていた。




「大丈夫? ねえ、本当は病気とか……」



「ちょっと、何言ってんの? 元気だよ」



「そうなの……それならダイエットもほどほどにした方がいいよ」




 気遣う様に瑠衣に注意を促すが、その言葉に瑠衣は過剰に反応する。




「なに? 私が痩せたから嫉妬? ほどほどってなに? 余計なお世話よ」



「余計なお世話って……そんな言い方ないでしょう! 私は太井田さんを気遣って……」



「陰で悪口言ってんでしょう?! 私は小瀬さんよりも痩せて細いのよ!」




 目を見開き喚く瑠衣の姿に同僚は恐怖を覚え、それ以上刺激しないように何も言わず立ち去った。




――やっぱり嫉妬じゃない!




 立ち去った同僚を睨みつけ勝ち誇ったように笑っていると背後から小瀬の声が聞こえる。




「私より痩せてるから吃驚しちゃった。細くて綺麗よ」




 後ろを見ると完璧な美貌を持つ小瀬が瑠衣をうっとりと見つめていた。



 何故か素直に喜べず「どうも」と素気なく返すと少し早いがパソコンに向かい仕事をはじめる。



 静まったオフィスではそこかしこでコソコソと囁く様子が見られたが、瑠衣は全く気にしない。




――みんな私に嫉妬してる。でも、もっと痩せないと




 瑠衣は本来の目的を徐々に忘れて、ただ痩せることだけに執着し始めていた。



 何人かの同僚が同じように気遣う声を掛けても、全く意に介さない。



 仕事が終わるとまたフラフラと裏路地を通ってDerwezeに向かう。



 入口上に座り見下ろしている男に話しかける。




「こんなに痩せたのよ。あなたも見惚れてるんでしょう?」




 当然ながら座る男が返事をすることはなく、その表情も真っ暗で分からない。



 瑠衣は大声で笑いその下を通り階段を上がって店に入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る