第14話

オフィスに戻りデスクの上にあった書類を乱雑に抽斗にいれ、すぐさまコートを着てバックを肩に掛けると挨拶もせずにオフィスを出る。



 打ち合わせを一緒にしていた同僚が、無言で帰って行く瑠衣に怪訝な表情を浮かべ「お疲れさま……」と首を傾げていたが瑠衣の耳には届いていない。




「お店に行かなくちゃ……」




 冬場の夕刻から日の落ちる時間はあっという間だ。会社から外に出ると空には薄い月がのぞいている。



 何かの使命感にかられたように黒い名刺を握りしめ、先ほどまで真一が女と抱き合っていた場所に立っていた。




「Derwezeに……」




 真一が戻って来た薄暗い路地に吸い寄せられるように歩を進めて行く。



 聞こえていた町の喧騒も光さえも消え、月明かりだけが知る道をフラフラと進んで行き、まるでビルに穴でも開いているような真っ暗な入口の前で止まった。




「ここ……あれっ? 私いつのまにこんなところに?!」




 虚ろだった目を真ん丸に見開き辺りを見回し、驚愕していると真っ暗な入口に明かりが灯り登り階段が現れる。



 最後に入口の上にオレンジ色の小さなスポットライトの明かりが灯され、瑠衣の足元に人影が延びる。




「考える人?」




 影の先を見上げると入口の上にDerwezeの看板と彫刻家ロダン作、考える人が瑠衣を見下げていた。



後ろからのライトの為、表情が真っ暗な考える人は不気味な雰囲気がして、とてもその下を進むのを躊躇わせる。



瑠衣が生唾を飲み込み立ち尽くしていると、背後でなにかが倒れたような大きな音が聞こえて振り返った。



倒れたゴミ箱の前に真っ黒な猫が体を膨らませ瑠衣を威嚇するように唸り声を上げ、ギラギラと目を光らせて近づいてくる。




「な、なによ!シッシッ!」




手で追い払うしぐさを見せるが、黒猫はますます怒ったようにさらに体を膨らませ威嚇され後ろに一歩下がる。



猫の毛色が暗闇と同じ色のせいなのかやけに大きく見え、得体のしれない怪物のようで瑠衣はまた一歩下がるが、何かに踵がぶつかり後ろを見る。



いつの間にか考える人が見下ろしている入口に足を踏み入れていた。



明かりのあるこの怪しげな店に続く階段を駆け上がったほうが黒猫の脇を通り過ぎるよりは恐怖がなさそうだと、瑠衣は階段を駆け上る。



その姿を暗闇に溶け込んだ黒猫がほくそ笑んで見ていた。

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