第8話
「あっ、小瀬[オセ]さん! あれ? 今日出勤でしたっけ?」
「やり残しておいた仕事を片づけにちょっと来たんです。それより、太井田さんダイエットしてるんですか?」
万人が理想的と思うスタイルをしている小瀬に問われ、嫌味を感じるよりも、ただただ恥ずかしさだけが込み上げる。
簡単に受け流してしまえばいいと頭では思っていても、瑠衣は小瀬に助けを求めていた。
「はじめようと思っているんですけど、なかなか自分に合ったものが見つからなくて……小瀬さんはスタイル維持になにかしているんですか? よかったら教えてください」
「私、特別な店に通って食事の管理をしてもらっているんですよ」
「食事の管理?」
「夜の一食だけ店主に作ってもらった食事を食べるだけで理想の体型を手に入れられるわ」
辛い運動もしないで本当に小瀬のようなスタイルを手に入れられるなら願ってもないことだが、そんな旨い話に簡単に乗るほど若くない。
「どんな料理なんですか? 値段もずいぶん高いんじゃないですか?」
一人で暮らすにはなんとかなっているが、何十万もするようなダイエットに手を出せるほどの余裕はない。
疑いと期待の混じった瑠衣の問いに小瀬は凍りつくような妖艶な笑みを浮かべて答える。
「効果が出なければ何も払わなくていいの。大丈夫……望のままよ」
普段ならこんなに胡散臭い話など聞き流して終わるところだが、瑠衣は小瀬の言葉に聞き入っていた。
心臓を鷲掴みにされ甘美な声音に思考が酔わされる。
「これがお店の名刺。これを持っていれば行きつけるから……」
真っ黒な名刺を瑠衣の手に握らせると小瀬はまたニッコリと笑顔を見せて去って行く。
ボンヤリと去って行く小瀬の背を見送り、その姿が見えなくなった時にやっと我に返る。
手に持った黒い名刺には赤い文字で『Derweze』と書かれていた。
「なんて読むのかな?」
首を傾げて名刺を眺めていると、自分の腕時計が目に入り打ち合わせの時間が差し迫っているのに気づく。
「やばい! 打ち合わせの準備しないと!」
ポケットに名刺を入れて慌てて打ち合わせの資料をかき集めて会議室に走った。
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