わたしの不安



「花ちゃん、ひさしぶりね。また、類くんに似てきたみたい」


 ひさびさに亮太郎の家にお邪魔すると、相変わらず綺麗な亮太郎のお母さんに出迎えられた。


「こんにちは。もう、嫌になっちゃいます」


 そうかといって、お母さんにも似たくないんだけれど。


「ふふ。類くんも璃子さんも、元気?」


「元気です。こっちは疲れるけど」


 いくら慣れたとはいえ、相手をする方は大変。


「花ちゃんが来てくれるっていうから、張りきっちゃった。たくさん食べていってね」


「すごい!」


 テーブルの上に並んだ料理を見て、声を上げる。自宅で焼いたスペアリブなんて食べたことないし、ハーブのサラダもおいしそう。亮太郎のお母さんは、昔から料理が上手。


「母さんは、料理が生きがいみたいなもんだもんね」


「亮太郎が女の子だったらなあ。教えてあげたり、いっしょに料理したりもできたのに」


 残念そうに、亮太郎のお母さんが息をついたところで。


「ただいま。あ、花ちゃん。いらっしゃい」


 仕事帰りの亮太郎のお父さんが、リビングの扉を開けた。


「お邪魔してます。先に言っておきますけど、お父さんにさらに似てきました」


「本当、遊佐と双子みたい。そんなふうに言ったら、花ちゃんに失礼かな。すごいごちそうだね、急いで着替えてくる」


「うん。じゃあ、乾杯しないで待ってるね」


 亮太郎のお父さんに優しく笑いかける、亮太郎のお母さん。いいなあ。うちの両親みたいに変わったところがない、理想の夫婦。


「花ちゃん、よかったら、発泡水に苺のシロップ混ぜる?」


「わ、それも手作り。おいしそう。ぜひ」


 亮太郎のお母さんって、本当に完璧な人だよね。綺麗で、何でもできるのに、雰囲気は優しくて、周りに気を遣わせないし。


 ……たしか、亮太郎のお父さんとお母さん、わたしのお父さんの三人が同じ大学だったんだよね。


 響くんとは高校も大学も違うけれど、亮太郎のお父さんなら、バンドをいっしょにやってたくらいだから、響くんの話も聞けるはず。お父さん、秘密主義なんだもん。いろいろ知りたいのに、出し惜しみしちゃって。


「ごめんごめん、お待たせ」


 スーツから、ラフな部屋着に着替えて戻ってきた、亮太郎のお父さんも席に着く。


「いただきます。わ、おいしい。いいなあ、亮太郎も亮太郎のお父さんも。毎日、こんなおいしいお料理が食べられて」


「花ちゃんも興味があったら、空いてる時間に、お菓子でも作りにこない?」


「はい! 教えてほしいです」


 響くん、甘いものでも何でも食べるよね。そのうち、わたしがこんな凝った料理を作ったりしたら、びっくりしてくれるかな。そんなことを考えていたら。


「…………」


 何かを言いたそうにしている亮太郎と、目が合った。わたしの考えてることなんて、お見通しなんだろうな。


「そういえば、うちのお母さんから、すごい話聞いて」


 ごまかすように、話題を振る。


「何? 立原のすごい話?」


 立原というのは、お母さんの旧姓。


「お母さんっていうか、お父さんかな。結婚直前、お父さんがお母さんに切れて、50万円の婚約指輪をマンションの3階のベランダから投げたって」


「あー、それね。なつかしいなあ。本当、よく婚約破棄にならなかったよね」


 当時を思い出したのか、亮太郎のお父さんが、おかしそうに笑い出す。


「また、そんな状況なのに、立原がのんきでね。いや、本人は大変だったんだろうけど」


「お父さんも、なんでまた、そんな大事な指輪を投げたりしたんですか?」


 お母さんに何度聞いてみても、『遊佐くんに怒られちゃう』と言って、教えてくれなかった。


「あれは、どっちもどっちなんだよ。ちょうど、その時期に、響がニューヨークに留学することになってさ。それを立原が寂しがってたのが、遊佐は面白くなくて……」


 と、そこで。


「うん、まあ、そんな感じ……だよね?」


 はっとしたように、亮太郎のお母さんの顔色をうかがって、おそるおそる同意を求める、亮太郎のお父さん。


「今の言い方だと、類くんの方が大人げなかったみたいじゃない? きっと、そんなことをしないではいられなかったくらい、類くんは傷ついて……あ、ごめんなさい。誰かな」


 話の途中で、亮太郎のお母さんに電話が入ったようだった。わたしたちに謝ってから、携帯を手にパタパタと廊下に出ていく。


「えーと……何か、まずかったですか?」


「え? いやいやいや、どうってことないんだけどね。昔っから、菜乃子は遊佐の味方というか。ほら、遊佐って、母性本能をくすぐられるでしょ?」


 どうも、取りつくろってるような感じの亮太郎のお父さん。


「全く、くすぐられませんけど」


「そりゃあ、花ちゃんは遊佐の子どもだから。ははは……と、電話終わった?」


 そこで、亮太郎のお母さんがリビングに戻ってきた。


「ごめんなさい、食事の途中で。亮太郎と同じ幼稚園だった子のお母さん。ランチに誘ってもらっちゃった」


 うれしそうに笑って、亮太郎のお母さんが再び席に着こうとしたとき。


「…………!」


 亮太郎のお母さんの体がゆらりと傾いたと思った瞬間、その場にしゃがみ込んでしまった。


「あ……ごめんね、花ちゃん。びっくりさせちゃって」


「いえ。体調悪いんですか?」


 一応、数秒後には普通に立ち上がれていたけれど。


「ううん。軽いめまいだけ、何度かね。病院で薬ももらってるし、心配ないの。時期的なものみたい」


「そっか。でも、気をつけてくださいね」


「そうだよ。菜乃子は何でも頑張りすぎるから、少し手を抜いた方がいいよ」


 亮太郎のお父さんも、心配そうに口をはさむ。


「そうそう。お弁当とかも、そんなに凝らなくていいから」


「亮太郎まで。本当、大丈夫よ。二人とも、心配しすぎなんだから」


 そう言って、明るく笑っていた、亮太郎のお母さん。でも、心配しすぎるのも何だけど、少し不安が残る感じだった。





「残念だったね。響くんの話が聞けなくて」


 亮太郎に送ってもらうことになった、帰り道。憎らしい口調で、そんなことを言ってくる、亮太郎。


「べつに。亮太郎のお母さんのことが心配で、それどころじゃなくなっちゃったし」


「母さんの体調は、たいしたことないと思う。でもさ、花」


「何?」


 なんだか、微妙な表情の亮太郎を見上げると。


「響くんとか、うちの親とか、花のお父さんとお母さんとかのこと……あんまり、探らない方がいいと思うよ」


 やけに、年上っぽい調子で意見してくる。


「探ってなんかないって。ただ、バンドやってた頃の話聞くの、面白そうじゃない?」


「絶対、面白くない。聞かなきゃよかったと思うような話ばっかりだよ、きっと。うちの学校の軽音部のやつらとかも、めちゃくちゃだよ?」


 たしかに、わたしのお父さんが調子に乗って、相当めちゃくちゃなことをしていたであろうことは、想像に難くないけれど。


「そんな低俗な人たちと響くんをいっしょにしないで。そんなふうに言うなら、送ってくれなくていい」


「え? あ、ちょっと、花……!」


 あわてて、亮太郎が追いかけてくる、わたしと亮太郎のいつもの日常。


 ……それにしても、この胸騒ぎは何だろう? わたしにとって、あまりよくない何かが起こるような気がしてならない。


 どうか、気のせいでありますように。わたしは、まだまだ、響くんとこれまでどおりの関係でいたいの。



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