第16話

「すごい! 私の名前を覚えてくれたんだね」



 烏がやって来て名前を呼んでくれるなんて、こんな奇跡は学校に行っていたら起きなかったかもしれない。


 はじめて病気で家にいた事が良かったと思えた。


 毎日ベッドから空を見上げ、そのうちに私はこのまま自己紹介をした名前を誰にも呼ばれる事なく忘れられて消えてしまうような焦燥感にかられていた。


 烏が訪ねて来て名前を呼んでくれたことで、私の中で忘れてしまいそうだった感情を誰でもないこの烏が思い出させてくれたのだ。



『コハル! コハル!』



 満面の笑顔を浮かべて烏を見ていると私に何か訴えるように翼をバタつかせて、繰り返し私の名前を呼ぶ。



「なに? どうしたの?」



 さすがに名前を呼ばれるだけでは、何を伝えようとしているのかまでは分からず、首を傾げて考えていると烏は手摺から庭に急降下していった。


――庭? 下に来いってことかな?


 慌てて裸足のままベランダに出て庭を覗き見ると、庭の木陰を烏がぴょんぴょん跳ねて嘴で何かを捕らえたのが分かった。


 翼を広げ私が覗いているベランダに舞い戻って来て手摺りに留まる。


 私のすぐとなりに留まる烏の大きさを再認識すると正直少し怖い気もしたが、そのまま様子を窺う。


 烏は嘴に咥えていた何かをベランダの手摺を掴む私の手元近くに置いた。



『カァカァ』



――くれるってことかな?


 私はなんだろうかとワクワクした気持ちで手摺に置かれたものにゆっくりと頭を傾けて視線を向けた。

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