第78話

昼食を食べ、薬を飲むと優衣は屋上へ行った。


鍵を開け、乾燥機の中から洋服を取り出す。


紙袋に入れ、扉を閉め、鍵を掛ける。


空は綺麗な青空だ。


この空の下を海人と歩く事は出来ない。


優衣の心には、どんな時でも海人がいる。


優衣は深呼吸をし、エレベーターで病棟に下りて行く。


エレベーターを降り、廊下に進んだ時、優衣は足を止めた。


ナースセンターでカルテの確認をしている海人の姿が見えたから。


眼鏡を掛けている海人の姿に優衣は頬を赤くする。


優衣はまた初めての海人の姿を見た。


海人は優衣に気付かないまま、優衣に背中を向け椅子に座りパソコンに向かう。


『ちょっとだけ』


優衣は音を立てないように壁に凭れ、海人の姿をみつめた。


海人は慣れた手つきでパソコンを操作し、画面に文字を打ち込んでいる。


ふと手を止め、海人はポケットから何かを出した。


海人の体に隠れ、それが何なのか見えない。


海人が何か呟く。


その背中が寂しそうな背中になる。


ため息をつき「頑張るよ」と小さく聞こえた気がした。


優衣は海人の知らない姿をもう1つ見てしまったような気分になる。


すぐにポケットにその何かを入れ、海人がパソコンのキーを押すとプリンターが動き出す。


「よし!」

海人はそう言うと、勢いよく振り向いた。


優衣には身を隠す時間も、目を逸らす時間も与えられず、そのまま海人と目が合ってしまう。


優衣はその場で固まった。


今まで振り向く事がなかった海人が振り向き、優衣を真っ直ぐ見ている。


振り向いた海人から優衣は目を逸らせなかった。


自分から逸らすなんて出来ない。


逸らしたくなかった。

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