第63話

初めての外出。


電車でも良かった。

けれど、優衣はバスに乗り、自宅へと向かう。


結局、海人に会えないまま自宅の近くのバス停に着いてしまったのは、残念だったけれど。


玄関のドアに触れたのは何日ぶりだろう。


「ただいま~」

優衣はいつものように誰もいない家の中に入って行く。


「いけない!」

干したままの洗濯物を取り込んだ。


優衣は制服を脱ぎ、お気に入りの服に着替え、別のお気に入りの洋服をバッグの中に無造作に詰め込んだ。


通帳や印鑑を今まで使った事のない金庫に入れ、貯金箱の中のお金を取り出した。


「こんなに貯まってたんだ」


優衣は少し重いバッグを持ち、「行って来ます」とすぐに家を出た。


もう戻れないかも知れない家に鍵を掛け、優衣はまたバスに乗り込んだ。


この時間のバスでも、海人に会う事はなかった。


優衣は4つ目のバス停で降り、いつも行く雑貨屋に入る。


「いらっしゃいませ」

聞き慣れた声に落ち着きを感じる。


香りもいつもと変わらない。


優衣の好きな甘い香り。


優衣は雑貨屋の壁に掛けてある時計を見ながら、買い物を進めた。


12色のペンのセットと腕時計を手に取る。


他にもいろいろ見たけれど、ペンと腕時計の他には何も手に取らずレジへ向かった。


12色のペンセットと腕時計を袋に入れてもらい、優衣は雑貨屋を出る。


「さっ、戻るか・・・」

優衣はバッグを抱え、バスに乗り病院へと戻る。


病院に戻るバスにも海人は乗って来なかった。


まるで、この世にいないかのように、海人と会う事はなかった。


「明日には会えるんだ」


平日になれば会える存在は変わらない。

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