第54話

「携帯!充電がないかも…」

優衣はベッドの横のロッカーを開け、その中に入れっぱなしにしていた高校のバッグの中から携帯を取り出した。


思った通り、電源を入れてもすぐに充電切れの表示が出て、何も操作出来ないまま画面は暗くなってしまう。


「そう思って。はい、これ」

小原のポケットの中から携帯の充電器が取り出される。


「これ、病院のものなんだけど、使っていいよ」


優衣は充電器を受け取り、小さくお礼をした。

「今度、外出した時に買って来ます」


「わざわざ買わなくていいよ!病院から用意したんだから、気にせずに使っていいんだよ」


優衣は頷き「はい」と笑って返事をする。


「じゃあ、今日から外出許可を出すから、優衣ちゃんが外出したい時に、説明した約束を守って外出してね」

そう言うと小原は立ち上がり、椅子を壁際に戻す。


「本当に自由なんですね」

小原の背中に言う。


「自由?」

小原が振り返る。


「はい。カウンセリングの時間も、外出の時間も消灯時間も、ほとんどの時間が自由。普通の病院ならテレビカードが必要なのに、この病院、病棟はテレビも好きなだけ見れる。

本当に他の病院とは全然、違うなぁって思って」


小原は白衣のポケットに手を入れ、「それくらいの自由、いいんじゃない?」と優衣を見る。


優衣は、そんな小原の姿を真っ直ぐ見上げた。


「他の人はもっと自由な時間の中にいるんだから」

窓際に立ち、小原は窓の外を見つめる。


空には真っ白な雲が浮かんでいる。


「そうですね・・・最後の時間、自由に過ごせなきゃ・・・報われませんよね・・・」

優衣の言葉が小原の胸に突き刺さる。


最後の時間。

その時間と優衣は1人で向き合っているのだから。


「あっ、そうそう。最初にも言ったけど、外出許可の事、桜さんからも高村先生に話してね。僕からも主治医として説明しておくけど、きっと桜さんから話してもらえたら高村先生も喜ぶと思うから」


「分かりました。私からも話すけど、先生が海人先生に会ったら話しておいて下さい」


「分かった。じゃあ、何かあったら遠慮せずに呼んでね」

小原は最後に優衣の頭を軽く撫で、病室を出て行った。


まるでお兄ちゃんのような存在。

優衣は心強かった。


『私には、小原先生、海人がいる。最後の時間、この2人のためにも笑顔で生きよう』


優衣は外出の札を見つめた。

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