第36話

「これからこのノートが優衣ちゃんの日誌だね」


海人はそう言い、ノートの1ページ目を開いた。


今日から、どれだけの日付が書かれて行くのだろう…。


いつかシャボン玉のように消えて行く…。


残り4ヶ月、優衣は海人の側にいられる時間を大切にしようと決めた。


それから1時間、海人と自己紹介的な会話をした。


最初の1日なんて、きっとそんなものだろう。


1時間はあっと言う間に過ぎて行った。


「じゃあ、また明日。

優衣ちゃんの話したい時間に呼んでね」

海人はそう言い、ノートを閉じた。


今日のノートには、優衣の趣味や好き嫌いが書き加えられた。


優衣は帰って行く海人の背中を見送る。


「先生…」

優衣は思わず引き止めた。


「ん?」

優しい表情で海人が振り返る。


初めて振り返ってくれた。


初めて引き止める事が出来た。


優衣には奇跡のように感じられた。


ずっと見つめる事しか出来ないと思っていた¨あの人¨が自分の声に振り返ってくれたのだから。


「どうしたの?」


海人の優しい声に優衣は手を振る。

「ありがとう。また明日」と微笑んだ。


「じゃあね、また明日」


海人との約束の時間…。


最後に幸せな時間をくれた神様に感謝をした。


優衣は海人がいなくなった病室で少しだけ涙を流した。


自分の運命に、涙が出てしまう。


海人との約束された時間がある。


今までとは違う約束の時間。


海人が自分のためだけに存在してくれる時間。


優衣は泣きながら微笑んだ。

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