第29話

固まったまま顔を赤くする優衣に、「大丈夫?」とさすがに小原も不安になる。


優衣は慌てて笑顔を見せ、冷静さを装おうと背筋を伸ばす。


「す、すみません。大丈夫です。大丈夫ですから」

優衣は上目使いで、一瞬だけカイトを見る。


あまりにも突然過ぎて、何秒もカイトと目を合わせていられなかった。


「私はえっと…桜…桜優衣です。よろしくお願いします」と頭を下げた。


ドキドキが止まらず、めまいに襲われる。


「実は、桜さんが倒れた時、僕も偶然、その場所にいたんです。

一緒のバスに乗っていたんですよ」


カイトの言葉に、優衣は頭を上げる。


「偶然じゃない、あの日だけじゃないですよ」と言いたかった。

けれど言わなかった。

言えなかったのだけれど。


「そ、そうなんですか…」


「そうなんですよ。

カ・・・高村先生がこの病院まで桜さんを運んで来てくれて。

あの日も、高村先生があのバスに乗っててくれて本当に良かったです。

ね、高村先生!」


小原がカイトに微笑む。


「迷惑かけて、すみませんでした」


この病院まで抱きかかえてくれたのかと思うと、たまらなく恥ずかしくなり、頭を上げられなくなった。


「それでは、僕はこれで。

あとは2人で話して下さい」


小原はそう言うと、カイトの肩を軽く叩き、病室から出て行った。


病室に、優衣とカイトの2人だけになる。


優衣に緊張だけが残される。

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