第6話

次の日(金曜日)


優衣はどこか緊張しながらバスに揺られていた。


もしまた、自分より先に降りたら、自分もその場所で降りてしまおうかとも考えてしまっている。


そして、優衣が乗ってから3つ目のバス停が近づいて来た。


優衣はリボンを整えながら、呼吸も一緒に整えた。


バスが停車し、あの人が乗って来る。


手には昨日と同じ難しそうな本を持っている。


バスのドアが閉まり走り出そうとした時、あの人の横に男の人が座った。


その男の人は、昨日、あの人が降りたバス停で話をしていた男の人だった。


「あっ!」と言いそうになり、優衣は慌てて口を抑える。


たまに男の人がこっちを見そうになるのに気付き、優衣はいつもより窓の外を見ている時間を増やした。


こんなに緊張しながらバスに乗る事になるなんて…。


けれど次の瞬間、優衣はニヤけてしまいそうになった。


男の人が、「カイト」と呼ぶ声が聞こえたかと思うと、あの人が「何?」とその男の人の横顔に返事をしたからだ。


あの人は¨カイト¨と言う名前らしい。


¨あの人¨から¨カイト¨に変わった瞬間、優衣は思わずニヤけてしまいそうになる。


両手で頬を抑え、ニヤけそうになる顔を止める。


この時、降車ボタンが押された。


『ここで降りるのかな?』


優衣は窓の外の景色を見る。

バス停でバスが停車する。


1人の老人が降りただけで、2人が降りる様子はない。


そのままドアが閉まり、バスはまた走り出す。


時間があっと言う間に過ぎて行く。


優衣が降りる前に、この2人は降りるのだろうか…。


昨日、カイトが降りたバス停が近づいて来た。


優衣はグッと両手でスカートを握った。


2人とも降車ボタンを押す素振りを見せないまま、そのバス停を通り過ぎた。


そして、そのまま優衣が降りるバス停まで2人は降りなかった。


優衣はいつも以上に緊張した表情で2人の横を通り過ぎる。


その時、カイトが笑いながら「そうなの?」と小さく言った。


カイトの声をこんなにハッキリ聞いたのは初めてだ。


優衣は逃げるかのようにバスを降り、走り出すバスをいつものように見送った。


いつもより嬉しい気持ちで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る