第5話

疑いの目で彼を見ると、不思議なことが起こった。彼の姿が薄くなったのだ。



 目をこすってもう一度よく見るが、どんどん薄くなっていく彼の姿に私は涙目になっていく。





「また泣く……今年…………のに……」



「何言ってるか分からないよサンタさん! 消えちゃヤダ!」





 声すら聞き取れなくなって彼が消えてしまう怖さと不安が爆発する。本格的に泣きはじめた私の頭にほんのりと温かい手の感触を感じて顔を上げる。



 そこには困った顔をした彼がしっかりと見えた。





「あぁ、もうそんな頃合いか……俺の姿が見えなくなり始めたんだな」



「びっ、びえるよ……見える!」





 私はたまらず彼に抱きついてその存在を確かめる。なんとなくだけど、もう彼を詮索するのは止めようと思った。



 彼は何も言わずに私の頭を撫で続け、泣き止んだ私の顔を覗きこみ銀の笛を見せて笑う。





「今年も乗るだろう?」



「うん! それ、吹いてみたい!」



「ダメ。今年はじいさんの特別なトナカイを借りてるんだ」





 銀の笛を私の手の届かない高い位置に上げて得意げに話す。

特別って絵本とかに出てくるあのトナカイだろうか? それなら尚更に呼んでみたい。





「赤い鼻のトナカイ?」



「違うよ! あんな若いトナカイじゃなくて、もっとすごい奴だよ」





 そう言うと私が吹きたかった銀の笛を夜空に向かって吹き鳴らした。



 がっくりと肩を落として夜空を眺めていると、星の間を稲妻が走る。



 稲妻が段々と近づてきて、私は怖くなって彼の背に隠れてその様子を見ていた。



 窓の外にソリを引いたトナカイが急停車した。特別なトナカイだと言ってたけど、ブルブルと震えていて微妙な感じ。





「凄いだろ! ブリクセンだ。稲妻のように足が速いから、プレゼント配りも今年は早かっただろ?」



「なんか……具合悪そうだよ」





 全く感激しない私に彼は不満そうに唇を尖らせ、ブリクセンと呼ばれたトナカイを撫でながら溜息をつく。



 感激しないのは仕方がないと思う。トナカイと聞いたら赤い鼻しか浮かばない。震えるトナカイなんて聞いたことないもの。





「ブリクセンは寒さに弱いんだよ」



「えっ?! トナカイなのに?」





 驚く私にブリクセンがギロリと睨む。何も言わないけど、大きな体に角がちょっと怖い。



 私は部屋のクローゼットに走り、マフラーを取り出して戻る。





「噛まない?」





 震えるブリクセンを見ながら彼に聞くと、大丈夫だと私の背中を押す。私は持っていたマフラーを恐る恐るブリクセンの首に結んだ。



 ブリクセンはジッと私を見て鼻先をすり寄せる。怖さが吹き飛び私はふわふわの胸に抱きつく。





「よかったなブリクセン。これで寒くないな」





 この年、私はトナカイのブリクセンと仲良くなった。ソリに乗せてもらい稲妻のように空の散歩を楽しんだ。



 だが、帰り際に彼は意味深な言葉を残す。





「来年はどうかな……」



「何が?」



「なんでもないよ。またね! いい夢を!」





 あの時は分からなかったけど、今なら分かる。悲しそうに笑って帰っていく姿の意味を。





「ちゃんと話してくれないから泣くんじゃない! 馬鹿サンタ!」





 私はポケットに入っていたペンを握りしめて叫んだ。

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