第2話

私が初めて彼に会ったのは4歳の時。



 その日は早く寝ないとプレゼントもらえないわよって親に脅され、いつもより少し早くベッドに入った。



 いつもと違う時間に眠ったせいか、夜中にトイレに起きて部屋に戻って来ると、真っ赤な服を着てプレゼントをベッドの脇に置いてる彼を見つけた。





「いい夢を……」





 私が一緒に抱いて寝ている大きなクマのぬいぐるみを撫でて窓から出て行こうとしていた。向きを変え、部屋のドアの前で立って見ている私に驚いたのを今もはっきりと覚えている。





「ふふっ、クマと私を間違えてたんだよね。私よりもずっと驚いて慌ててたっけ」





 ベッドと私を何度も見て引きつった笑顔を浮かべていた。

私は驚きと喜びに彼に飛びついた。





「サンタさんでしょ?! ナナね、いい子で早く寝たんだよ」



「いい子で寝たのに、なんで起きてるの?」





 憧れのサンタに会えて嬉しくて仕方ない私とは正反対に、冷めた口調で話す彼。



 小さな私にはそれが、怒られてるような気がして泣いてしまった。





「ひっ、ぐずっ、ご、ごめんなしゃい……」



「いや、怒ってないよ! ゴメン泣かないで。ほら、君の……ナナちゃんが欲しいって書いたクマのぬいぐるみを届けにきたんだよ」





 ベッド脇に置いたプレゼントを私に渡して頭を撫でながら必死に涙を止めようとしていた。



 涙を拭いて渡されたプレゼントの包みを開けると、また止まった涙が溢れる。





「ご、これ……ナナが頼んだ白クマさんじゃない!」





 包みの中には、クマでも白クマでもなくパンダのぬいぐるみが入っていた。



 彼は泣いている私をそのままに、慌ててポケットから紙とペンを出してチェックを始める。





「どこだ……あっ、ここだ! 二丁目のアキラって子と間違えてる」





 隣でわんわん泣きっぱなしの私にまた引きつった笑顔を向けて困ったように話す。





「えっとさ、取り替えてくるから早く寝なよ」



「ぐっ、い、行っちゃうの? ナナがわ、悪い子だから……わぁーん」





 プチパニックになってぎゃんぎゃん泣く私に、ほとほと困った表情をして、私の頭を撫でたり抱き上げたりしたが効果なし。



 どうにも泣きやまない私を置いて彼は立ち上がり、開いた窓の方に歩いて行ってしまう。



 咄嗟に彼が行ってしまうと、涙を袖で拭って彼の背中を追いかけ服の裾を掴んだ。



 私の様子に窓際で銀色の笛を口に咥えた彼が振り返りニヤリと笑う。



 笛の音が夜空に響くと月の光からベルの音と一緒にトナカイがソリを引いて星の間を駆けてくる。





「ナナちゃんのプレゼントを取り返しに一緒に行くかい?」



「行く! ナナもサンタさんと一緒に行く!」





 窓の外にトナカイの引くソリが着くと彼が飛び乗り、私に手を差しだす。



 迷うことなく手を取りソリに飛び乗った。彼の膝の上に座ってトナカイの手綱を掴む。





「それじゃ、出発!」



「しゅっぱーつ」





 掛け声と共に夜空を駆け抜けて行く。月や星がいつもよりずっと輝いて見え、手を伸ばせば採れそうだと手を出すと、彼が私の手を捕まえる。





「駄目だよ。星を採ったら目印が無くなっちゃう。家に帰れなくなっちゃうよ?」



「サンタさんお家に帰れなくなっちゃうの?」



「そうだよ。ナナちゃんの家も分からなくなっちゃうから駄目だよ」





 ウィンクをして口の端を上げて笑う。私も笑って「分かった」と頷いた。



 二丁目のアキラ君から白くまとパンダのぬいぐるみを取り替え、すっかり上機嫌の私を見て彼は安堵した表情を見せた。



 空飛ぶソリで夜空を駆け抜けて私の部屋に着く頃には、うとうとする私をベッドまで運んで布団を掛けてくれた。





「来年はちゃんと寝てるんだよ?」



「うん! そしたらまたサンタさん来てくれる?」



「もちろん。また来年も来るよ。おやすみ、いい夢を」





 それが彼との初めての出会いだ。





「今なら間違いなく迷わすために星の一つや二つ採ってしまうのに……」





 それで彼と二人で迷子になるなら本望だ。



 こんなことを考え純粋無垢のままでいられなくなったのはいつからだろう。

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