第77話

「その日、麗香が遺書を書くのに使ったのは、結希が渡したペンだったんだろ?」

祥也の問いかけに、黙ったまま結希は頷いた。

「それなのに、どうして…。結希も触れてるはずなのに…どうして結希の指紋は割り出されなかったんだ?」

その問いの答えも結希はちゃんと覚えている。


「私が触ったのは、ペンが入っていたパッケージだけ。ペンには触ってない。麗香が落としたペンはそのままにして、ペンが入っていたパッケージだけを持ってそのままビルから出た。そして、家まで帰る途中にあるゴミ捨て場のゴミの中に入れて捨てて来た。だから…私の指紋が出るはずないの。今まで記憶から消してて分からなかった…けど、私はそこまで考えて最後まで麗香を自殺だと思わせてたの…。私が…麗香を…。」

結希の答えに、冷たく重い空気が小屋を包んだような気がした。


無音の数秒が流れる。


「そうだったんだ…。全然…気付かなかった…。」

やっと振り絞り、祥也が顔を上げた。

祥也は結希の側へ来ると、うつむいている結希を優しく抱き締め、「もう分かった。もういい。大丈夫だから。」と慰めるように言った。


それでも、まだ結希の心にはもう1つ大きな荷物が残されている。

「もう大丈夫。俺がちゃんと結希を守るから。」

祥也のその言葉は、次の瞬間、打ち消されてしまう。

「幸が死んだあの日の事も…忘れてたーーー今ならはっきり覚えてるの。」

祥也の胸に不安が突き刺さる。


「結…希…。まさかーーー。」と肩を掴む祥也に、結希が小さく頷く。

「幸はここで一緒に生きてると思ってた。さっきまで一緒に。でも幸は、あの日、死んでたの!今ならはっきり全て分かる!幸はあの日…私の前で…死んだの!止められなかった!私が殺した!」


最後の重い荷物に押し潰され、結希はその場で頭を抱え、小さく震え、幸の最期を話そうと目を閉じた。


今、最後の重たい扉が開(ひら)かれて行く。

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