第76話

麗香が乗り越えて行った壁に背中を着け、何事も無かった、起きなかったかのように、結希は今来た階段を下りて行く。

微笑みながら。


力付くで麗香の体を押した腕が震え、結希はその震えを止めるかのようにギュッと強く拳を握り締めた。


そのまま、自分の家の前に辿り着いた。

その時、今までの自分が胸の中に治まり、本当の自分が目を覚まし、結希は正気に戻ったのだ。

麗香を落として来た記憶は、本当の結希の記憶には残されていない。


麗香が携帯で話していた内容に腹を立て、「誰にも言わない。」と麗香と約束をして帰って来た、と言う記憶が組み立てられている。


手の平に出来た傷も、麗香への怒りで出来た傷だと片付けられている。

本当は麗香を落とすのに力を入れ、震えを止める為に強く拳を握った。

そんな記憶はこの時の結希には少しも残されてはいなかった。


「これが麗香の死の真実なの…。あの日……私が…落としたーーー。」

麗香の死の真実を全て祥也に話し、結希は自分の手を広げ見つめた。

あの日、この手で麗香を殺した事も、麗香が最期に見た自分の姿も、今は全部覚えている。

「バイバイ。」と手を振った残酷な自分の姿も。



「これが麗香の死の真実なの…。」

麗香の死の真実を全て結希の口から吐き出され、祥也はショックを隠せない様子で頭を抱え、肩で息をしている。


「麗香は自殺なんかじゃないの…。私がこの手で死に追い遣(や)ったの。」

結希は手を見つめ、麗香の最期の姿を思い出していた。

この手で麗香を落し、微笑んだあの日の自分を…。

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