第72話

「幸はもういないんだ。ここにいたって何も変わらない!戻ろう。前の--。幸と出会う前の生活に。すぐにとは言わない。けど、前の結希に戻ってこれからは俺と一緒にいて欲しい。戻ろう!もう…終わりにしよう…。」

結希の腕を掴み、小屋を出ようと祥也が強く引く。


けれど結希は立ち止まり、「帰れない!」と強くその手を振り払う。

「どうして!ここにいても何も変わらない!ここにいたら駄目なんだ。結希…俺と前みたいに笑って暮らそう。すぐにとは言わないから…。」

祥也の気持ちを受け入れる事は出来なかった。


「もう終わったんだーーー。」


終わらせる事も出来た。

終わらせた方が良かったのかも知れない。

けれど終わらせる事は出来なかった。

どうしても…このまま終わらせるなんて…。

自分が起こしたあの忌(い)まわしい2つの殺人を、終わらせる訳にはいかないーー。


「こんな所にいるから余計な事を考えちゃうんだ。もう苦しまなくていいんだよ。また2人でやり直そう。もう…終わったんだ…。」

小屋のドアを開け、「帰ろう。」と祥也が振り返る。

それでも結希は首を横に振り、小屋から出る事を拒(こば)んだ。


「どうして…。」

その場に荷物を置き、祥也は結希を見つめる。

「このまま…終わらせるなんて事…出来ない…出来ないよ…。」

頭を抱え、結希は立っている事さえも出来ず、そのまましゃがみ込んだ。

自分のした事の恐ろしさに、震えが止まらない。

「どうしたんだよ!。結希。」

震える結希の体を強く抱き締めた。

その手から「助けて」と言う声が聞こえた気がして、祥也に不安が走る。

こんなに小さな体に今にも壊れてしまいそうな心に、何か大きな物を背負っている。

「助けて」と背中の結希の声に、祥也は向き合う事を決めた。

『結希を守る』

その言葉を決意し、祥也は結希と向き合った。

まだ知らない、結希の全てを知る為に…。

最後の重い扉を今、開けてしまうーーーー。開けない方が良かった、開けずにはいられなかった扉をーーー。

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