第64話

消し去っていたリンゴの味が口の中を刺す。

幸の手からリンゴが鈍い音を立てながら床に落下し、赤く転がった。


喉元を抑えた次の瞬間、幸の体は震え、酷(ひど)く苦しみ出す。

「祥…助け…」

床に倒れ込み、首元を探っている幸の手を止めるように掴み、祥也は苦しんでいる幸に言う。

「これで分かっただろう…結希…。もう終わりにするんだ。」

祥也の言葉で、狭い部屋から結希が引きずり出された。

部屋なんかじゃなく、幸の中から結希は出て来たと言うべきだろうか…。


苦しみの中、結希は全てを思い出した。

祥也がキッチンにセットした隠しカメラには、苦しみに倒れ込み、首に下げている薬を必死で取ろうとしている結希の姿が映し出され、録画されている。


「助けて…祥也…。」

結希の首に常に下げられているロケットの中から薬を取り出し、祥也は、震えている結希の口の中へと、その薬を入れる。

薬を必死に飲み込み、結希は記憶から消していた全てを思い出した。

思い出してしまった。

忘れていたかった。

全てを思い出した、結希の胸が傷付けられて行く。

深く痛く…。

もう二度と消えないようにと深く傷を負って行く。


「ずっと私、一人だったんだーーー。」

薬が効き、正気を取り戻した結希が掠(かす)れた声で言う。

「俺もあの手紙を結希の部屋で見付けた時は、本当に幸といるんだって思った。でもその後、幸の消息がマスコミで報じられて結希は一人なんだってちゃんと分かったんだ。それでここへ戻って来たんだってやっと分かった…。でも、どうして?。ここは結希にとっては来たくない場所のはずだろ?。どうして、ここを選んだの?」

祥也の声が小さくなり、うつむいた。


そう……。

ここは、この小屋は結希にとって、1番来たくなかった場所のはずだ…。

この場所が、どう言う場所なのか…。

リンゴを口にした苦しみの中で、結希は全てを思い出した。

思い出してしまった。

自分に起きたあまりにも残酷すぎる過去も…。

自分が起こした、まだ誰も知らない、気付かれていたいあの忌(い)まわしい事件も…。

全てを思い出してしまった…。

忘れていた…。

消していた…。

全てが…今…。

明らかになる!。

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