第63話

「好きだったよね。リンゴ。」

何かを心に決めたような目で、祥也が鞄から取り出したのは、幸が好物と言っているリンゴだった。

真っ赤なリンゴになぜか幸は後退りをし、息を呑んでいる。


「好きでしょ?。せっかく買って来たんだし、栄養不足の体にも良いんじゃないかなって思って。結希はきっと買って来ないでしょ?。そう思って…ほら。」

祥也が差し出すリンゴを避けるように幸は、戸惑いながら目を逸らす。


その姿に「もしかして、結希と同じ?。リンゴ食べられないとか?」と祥也は諭(さと)すような口調で幸に近付いて行く。

「そんなんじゃない!」

思わず声を荒げる幸。

祥也はそれでもリンゴを差し出し、幸に詰め寄る。

すぐ目の前にリンゴがある。


「もうやめて!」

そう言って2人の前に飛び出しそうになる気持ちを抑え、結希は小さく震えた。


リンゴを手にした祥也の目は、もう見逃してはくれない。

前の祥也のように、見守ってはくれない。


『もう終わりかも知れない。』

『守りたかったのに…。』

2人の心が一つになる。


目の前にリンゴがある。

「リンゴ…食べれないんじゃない?」

「そんなんじゃない!」

祥也の手からリンゴが奪い取られる。

前まで大好きだったはずのリンゴを手にした。

どうしてだろう…。

リンゴの味を思い出すだけで心臓が不規則に脈を打つ。

「本当に食べ」

祥也の声を消すかのように、幸がリンゴを噛(かじ)った。

幸にとっては好物の、結希にとては毒のリンゴを今、噛ってしまった。

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