第53話

どれくらいの時間が経ったのだろう。

結希は深い眠りの中にいた。

けれど、次の瞬間、結希はある声で目を開ける事となる。


幸の横で眠っている事に、結希は幸せを感じていた。

けれど、そんな儚(はかな)い夢も、すぐに壊されてしまう。

ある声と共に。


「起きろよ!」と言う声に結希は目を覚ました。

目の前に、祥也の姿があるのに、結希は慌てて起き上がり、「どうして!」と祥也の手を引き、幸の部屋から出た。


「何しに来たの?!」

幸の部屋を出ると、そのドアの前に立ち、結希は鋭い目を祥也に向けた。

「何しに来た?それはこっちのセリフだよ!何でここに戻って来んだよ!」

祥也は結希の腕を強く掴み、「帰るぞ。」と引っ張った。

「放して!私はもう戻らない!戻れないの!ここにいるの!」

結希は祥也の手を振り払い、その場に座り込んだ。

「どうして…ここに来るんだ…」

気が抜けたように祥也も座り込む。

目の前で泣き震えている好きな人の姿に、祥也はどうしていいのか分からなくなった。

どうしたら結希を救えるのか、祥也にはもう分からない。


「見たでしょ?」

小さく聞こえた結希の声に、祥也が結希を見る。

そんな祥也を真っすぐ見たまま、「今、熱があるから、静かにしてあげて。」と結希は言うと、立ち上がり、ペットボトルの水を袋からだし、手に取った。

「してあげてって…どう言う事だよ…。」

祥也は結希の側に立ち、結希の肩を揺らす。

結希は背のドアの方に目線を向け、「幸…熱があるの。」とうつむいた。

その言葉に、祥也は黙り込んだまま、何も言わない時間が流れた。

「祥也…水…」

ペットボトルの水を差し出す結希の手を握り、「幸の姿…見せてもらってもいい?」と祥也はどこか不安げに結希から目を逸らし頼んだ。

「でも…」

「一目でいいんだ。幸が…幸の姿を…見たいんだ…この目で…。」

そう言うと祥也は結希の手を強く握った。

そんな祥也の姿に、「分かった。」と結希は、幸のいる部屋のノブに手を伸ばした。

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