第45話
次の日の朝、目を覚ますと、結希の姿が腕の中から消えていた。
「結希!結希!どこにいるの?」
幸の取り乱した声に「ここにいるよ!大丈夫だよ。」と結希が隣の部屋から駆けて来る。
「結希。いなくなっちゃったかと思った。」
結希の体を引き、幸はその体をギュっと強く抱き締める。
「大丈夫。どこにも行かないから…。」
そう言うと、結希はまだ不安そうにしている幸の口唇にキスをした。
結希のぬくもりを感じ、幸が落ち着きを取り戻し、微笑む。
「ねぇ…お腹空かない?」
結希は言い、隣のキッチンへと幸を連れて行く。
「何も無くて…ゴメン。」と言う幸に、「私、何か買って来るよ。」と結希はリュックサックの中から財布を取り出し、キッチンを出た。
「じゃあ、行って来るね。」と結希が玄関のドアを開けると、「僕の事、絶対に誰にも言わないで。言わないって約束して。」と幸が結希の手を止める。
結希は大きく頷き、「誰にも言わない。約束する。」と笑顔で幸に誓う。
「ありがとう。」と幸が結希の手を放した。
幸の笑顔を背に、結希は食料を買いに、小屋を出て林を抜けて行く。
陽射しを手で遮(さえぎ)りながら林を出てから10分程歩いた所にあるスーパーへと入った。
町から少し離れているせいか、結希の他に客は数人しか入っていない。
結希はカゴの中へ野菜やパン、水、缶詰と次々に入れて行く。
「幸…何がいいかな?」と店内を歩き、ふと結希はリンゴの前で足を止めた。
幸の好物、結希には毒であるリンゴが目の前に赤く並んでいる。
『リンゴ……』とリンゴに手を伸ばした瞬間、頭が割れそうになった。
忘れている何か、思い出したくない何かが結希の脳裏に過(よ)ぎる。
それが何なのか、リンゴとどんな関係があるのか、分からないまま消えて行く。
『何?。今の感じ…。』
結希はその思いと共に、首から下げている薬の入ったロケットをグッと服の上から握った。
そのまま結希は、リンゴを手にする事はどうしても出来なかった。
結希にとっては毒リンゴだから…。
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