*盲目の時間*

第39話

アパートの階段の前で、何時間も幸の帰りを待った。

けれどその日、幸が結希の待つアパートへ戻る事とはなかった。

それでも結希は幸の部屋の前に座り、幸を待ち続けた。


その時、ポケットの中で携帯が鳴り、結希は携帯の画面に目を移す。

画面には【祥也】と表示されている。

ほわりした意識の中、結希は電話に出た。

「お前、今どこにいるんだよ!」

電話に出た途端、祥也の声が耳を刺す。


「祥也…大きい声…出さないでーー。」

「今、どこ?」

「…幸のアパートの…」

「幸と一緒なのか?」

「幸の帰りを待ってるの。帰って来なくて…。ずっと待ってるの…。」

電話の向こうの声が聞こえにくくなる。

「とにーー戻っーーー。今すー。ーー。ーーーー。」

電話が切れ、“ピーーッ”と言う音を最後に、携帯の画面は真っ暗になった。

充電切れだ。

もう誰の声も結希には届かない。


フラフラする頭に手をやり、「何か食べなきゃ…」と結希は立ち上がった。

立ち上がるとますます目眩が結希を襲う。


その目眩に動けずしゃがみこんでいると、目の前に手が差し出された。


結希がハッと顔を上げると、そこには手を差し延べる幸の姿があった。

ずっと待っていた幸の姿だ。


「幸!」

立ち上がり、結希は思わず幸の胸に飛び込んだ。

幸は戸惑い、「何で?」と結希の肩を掴み、結希の顔を覗き込む。

「どこに行ってたの?何で辞めちゃうの?私が支えるから!」

結希の目からボロボロと涙が落ちて行く。


「とにかく、中に入って。体も冷えてる…。中で話そう。」

幸はドアを開け、初冬の風に吹かれ冷えた体の結希を部屋に入れた。


すぐにお湯を沸かし、コーヒーを入れ、「体、温めて。」と結希にカップを渡す。

「ありがとう。」

一口飲んだだけで、体の芯から温まる感じがした。

幸も近くにあるベッドに座り、コーヒーを啜(すす)っている。


この時間が続けばいいと思った。

この時間が続いてくれればどれだけ幸せだっただろう。


けれど、望んだ幸せな時間は、長くは与えられなかった。


やっと逢えたのに…。

この時間は壊れてしまう…。

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