第35話

「ごめんね。結希ちゃんをこんな目に遭わせてしまって。本当に…ごめん。」

幸が震えて言う。

「大丈夫だよ。」と結希は更に強く抱き締めた。


静かな時間が流れ、幸の震えが少しずつ止まり、落ち着いて行く。


『落ち着いてくれた。』と結希は安心し、幸の背中に頭を付けた。


「もう大丈夫だから。」

幸はそう言うと、結希の手を背中から外す。

「幸…。」

「本当にごめん。俺、もう大丈夫だから。」

「本当?。私、幸の側に」

「大丈夫だから。結希ちゃん…結希が来てくれて助かった。今は結希の傷を治す方が先決だよ。俺は大丈夫だから。コレ。」

結希の手の中に幾らかのお金を握らせる。


「いいよ。お金なんて!。」

結希はそのお金をテーブルの上に起き、その横にあった紙とペンを手にした。

紙に自分の住所と携帯の番号、メールアドレスを書き、幸に渡す。

「いつでも連絡して。幸は独りなんかじゃない。私は幸の側にいるから。」

結希のメモを手に「ありがとう。」と幸は言うと「早く病院へ。」と結希を玄関へと連れて行く。


「幸…」

「大丈夫だから。本当にごめん。…ありがとう。俺、大丈夫だから。」

幸の強い目に、「じゃあね。」と言い、結希は頷くしかなかった。


悲しみへ落ちて行く幸から、結希は離れようとしている。

幸の強い目を信じ、結希は今、幸のドアを「じゃね。」と閉めてしまった。


結希は病院へ向かう田丸の車の中で、幸の様子を話した。

幸の事を信じ「幸なら大丈夫。」と。


病院へ入った結希は「転んだ場所にハサミがあり刺さった。」と嘘を付いた。


全ては幸を守る為に。

けれど、その想いはまたも壊れてしまう。


そんな事を知らない結希は、必死で声を殺し、その痛みに耐えていた。


『大丈夫…。』

全ては幸だけの為に…。

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