第24話

幸の声が続く。

「その路上で、1人の女の子が僕の曲を聞いてくれて。」

心臓がドクっとなる。

「彼女は僕のその曲を座って聞いてくれた。そして泣いたんだ。僕の歌で泣いてくれたのは彼女が初めてで、今でもの曲を歌うとその時の事を思い出します。あの日の彼女に感謝しています。僕がデビューできたのは、その彼女がその時いてくれたからなので。彼女が今でもどこかで聞いてくれると思い、歌います。」

そう言い、あの日と同じよう、ギター一本で幸があの時の歌を歌い出す。

結希は涙を止められず、ステージに立つ幸の姿を見つめた。


『覚えていてくれたんだ。』

十分だと思えた。

けれど、プラスの後に必ずマイナスはやって来る。


あの時の歌を歌い終えると、会場には拍手が巻き起こった。

その中で、結希は本当の涙を流している。

他にもこの歌で泣いているファンはもちろんいる。

ただ、涙の理由は、結希だけが本当だった。

曲が終わり、結希は立っていられなくなり、その場に座り込んでしまっていた。


『ちゃんと覚えていてくれたんだ。もう十分。』

そう思った。

そう思えた。

そう思っていたかったのに。

次の瞬間、マイナスは訪れた。


結希との思い出の曲を歌い終えた後、幸は続けた。

「そして、次の曲は僕が1番大切に作り上げた曲です。この曲は今、とても愛している人、そう、今日ここに来ている僕の恋人、林麗香さんのためにに僕の全てを伝える為に書き、作りました。聴いて下さい。…【運命】。」

幸が今1番大切にしている人は、結希ではなく、結希と同じ空気の中にいる麗香だ。

結希は“覚えている”ただそれだけの存在にすぎない。


『覚えてくれてた…ただそれだけなんだ…』

そんな気持ちのまま結希は立ち上がり、1番大切な人の為だけに歌っている幸の姿を見た。

もう幸の姿は滲んでいない。

ステージの上でバンドを率い、あの時とは全く違う衣装で歌っている幸の姿を結希はからっぽの心でただただ見つめ続けていた。


『幸…』

心の中で呼ぶ誰よりも本当の声に気付かず、幸は麗香に目配せを送る。


幸はもう、違う世界の人なのだ。

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