葉の色-3
初配信は、彼女の方から教えてくれた。
春休みの昼間。
『マキさん! 今から初配信します。よかったら見に来てください』
そう言われてアドレスが送られてきた。
送信時間は十四時五十五分。
七分前か。気が付かなかったな。
時計が動く。今の時間は十五時三分。──今なら大丈夫だ。
俺は送られてきたリンクから配信サイトに入って彼女の配信画面を開いた。
入室ボタンを押すとすぐに──
『ま、ママあああ〜っ!!』
ママ!?
『あ、困らせてごめんなさいマキさん。この界隈ではキャラを描いてくれた絵師さんのことをママって言うみたいで』
そういうことか。
というか勉強したんだな。
一枚絵の依頼で顔写真を送ってくるくらいだったのに、いつのまにかこの界隈?──配信者としての勉強をしていたんだな。
『頑張って配信始めてみたんですが誰も見に来てくれなくて……』
まあそれは確かにそうだろう。
トップ画面の新着ページは次々始まる配信にあっという間に流れてしまう。数多の配信者の中、正直何の工夫もされていないサムネイルやタイトル名では見る人はいないだろう。
『誰も話聞いてくれないんだって寂しかったんです……』
くそ。俺の絵は陽気な顔をしているのに、聞こえる声は落ち込んでて暗い。ミスマッチなそれは悔しいが、それはそれで可愛いと思ってしまう。
『マキママが話聞いてくれるの嬉しいです。う〜、寂しかった』
一体画面の向こうで──キャラクターの絵に隠れた彼女の顔はどんな顔をしているのだろう。
マキママなんてリアクションに困る呼び方をされている。呼び名を変えてもらいいたいが言語化に困る。言うのはタイパが悪そうだ。
『人と話してないとなかなか眠れないの……だからこうやって話せてすっごく嬉しい。ありがとう』
画面の向こうの顔に、想像ができるようになる。
『ママ、お願い……また話し相手になって?』
くそ。
いつのまにか敬語だって抜けてる。それは作戦か、天然なのかそんなことは分からない。前者だったらあまりに策士だ。
見ているだけで何もない。こっちは金も稼げない。けどそれでも、そんな風にお願いされたら──男は弱いに決まってるだろ。
そんな始まりで俺は彼女の──葉っぱちゃんの配信を見るようになった。
視聴者はたいてい俺一人だった。これは彼女の名誉のために言いたいのだが、最大片手ぐらいの人数になったこともあるぞ。
『えーっと……』
話があまり上手い方ではないのか言い淀み、ネットに疎いせいなのか、操作もあまりわかっていないようで、視聴者は全然居つかなかった。
『卒業したいから勉強しなきゃいけないんだけど、なかなか仕事が大変で……』
高校生なのか? 仕事? 社会人からの入学狙いか?
分からなかったが、個人情報を聞くのはマナー違反だよな、と思って聞くだけに留める。
『あー、仕事というか、家業っていうか……家の店の手伝いをしてるの』
どうやらその仕事の前後やらの開いた時間に配信をしているようだ。
配信してる時間自体が無駄なんじゃないか、と思わんでもないが──友だちに言えない弱音をこぼしたい、と犬耳のキャラクターの口で弱音を吐いた。
『ほら、あわよくば投げ銭で稼げるし! そしたらバイトとか何もしなくなってよくなるかなって……』
なるほどな。そう言われても投げ銭なんかしないぞ。投げ銭なんて見返りもない、ウェルパが悪いからな。俺に取っては。
──ウェルビーイングパフォーマンス。幸福を効率的に求めるためのパフォーマンスだ。
よく知らない相手に投げ銭はしないが『そうだね』というスタンプを押してリアクションを送る。
俺一人にわんわん言う女子の声にはさすがにノーリアクションではいられなかった。
そうやって交流していた配信者が──
「先生、プリントが足りません」
俺の前の席にいる彼女だなんて。
縦一列席分に配られたプリントは、どうやら一枚足りなかったらしい。葉賀紫乃は最後の一枚を一番後ろの席の俺に渡すと、そう言って席を立った。
ごめんなさいねえ、なんて言う担任教師は高齢で、顔にあるのは眼鏡ではなく老眼鏡らしい。
彼女は教卓にいる教師から足りなかったプリントを一枚もらうと、自分の席に戻ってきた。
「あ、ごめん」
席に戻ってきた彼女に、プリントが足りなかったと知らず受け取ってしまったことを軽く謝る。
「だいじょーぶっ! こういうのはお姉ちゃんの仕事でしょ?」
……なんて言うが。
俺はその笑う口が──
『お姉ちゃんキャラなんてなんで言っちゃったんだろおおお!』
と配信でわんわん言ってたことをよく知っている。
『だって留年してるんだよ!? 他のクラスメイトからしたら、この人年上なのかーって気まずいよね!? ならいっそお姉ちゃんキャラにした方が気楽かなって!?』
そう言っていた。高校生だってバレるぞそれ。つくづく彼女は個人情報の管理が甘い。
それはさておき、確かに気持ちは想像できる。
同級生は卒業してしまい、一人だけ年上というその状況。
部活の後輩などはいないのか、と聞くと、部活には入っていなかったらしい。
『家の仕事やんなきゃいけないからね……』
なるほど、学業の他にやらねばならないことがあるその気持ちはわかる。まあ俺の場合は自由意志なのだが、彼女はそうではないのだろうから少し同情した。
『本当は友だちと海で遊んで花火したりしたいよー!』
そんな風に、犬耳のキャラクターは泣く真似をしていた。
現実世界の彼女にもちろん犬耳なんてなく。
「なんかあったら相談してね?」
なんてクラスメイトたちに言って、頼られるポジションになっていた。
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