第22話 学校での呼び方

「ひー君、脚狙って、脚! そいつ脚が弱点のはずだから!」

 モンスターから少し離れたところでクルクルしながら亜理紗がそう叫ぶ。

 マガにゃん倒して次は別のモンスを狩猟中、一生遊べるモンハンは神ゲー!


「それ斬撃だけだよ、弾は頭狙わないと! 亜理紗は脚の方狙って、俺は遠くから撃ちまくるから!」


「了解、任された! 部位破壊も済んでるしマーク出てるしもうちょっとだね!」


「ただいま~……って相変わらず楽しそうだね、二人とも。名前の呼び方どうするか決めた?」


「ちょっと待って、今集中してるから……よっしゃ、ナイス!」


「ナイスナイス! 良い感じに狩れた!」

 そう言った亜理紗とハイタッチ。

 両親からは「あはは」と少し乾いたような笑いが聞こえてくる……でも楽しいからしょうがない!


「ゲームはほどほどにね。それで二人とも、もう一回聞くけど名前の呼び方は決まったの? まさか遊んでただけじゃないでしょうね?」

 少し苦笑いを浮かべながら母さんがそう聞いてくる。

 もちろんそんなことはありません、ちゃんと決めました!


「うん、決まったよ……ね、あーちゃん!」


「ん、あーちゃん?」


「にゃにゃ、ひー君その呼び方なしって言った! あーちゃんはダメって言った!」


「でもたまにならいいんでしょ?」


「たまにはここじゃない! 絶対に今じゃないよ、おじさんとおばさんの前だよ! もっと、その……ひー君のあほ! あほあほあほ!」

 そう可愛く暴言を言って赤いほっぺを隠すようにぷいっとそっぽを向く。

 拗ねてる姿も可愛いな、本当に可愛い!


「ごめん、亜理紗! ちょっとからかっただけだから許して亜理紗!」


「……この後まだまだ一緒に狩ってくれたら許す。あと不用意にあーちゃんって呼ばないことも約束したら許す」


「もちろん、俺もやりたいと思ってたし! それじゃあ一緒に遊ぶよ、あーちゃん!」


「もう、また! ひー君のあほ! 約束破るな、ぽこぽこにしてやる! にゃー!」

 耳まで赤くして、照れ隠しのようにお腹をまたまたぽこぽこネコパンチ。

 ふにゃふにゃの可愛いパンチで……ふふふっ、マッサージかな?


「全然痛くないな、もっと強くてもいいよ、あーちゃん?」


「うにゃにゃにゃにゃ! 早く反省しろひー君! にゃにゃにゃ! にゃー!」

 可愛いうなり声の後またまたぽこぽこが始まるけど、なんだか楽しいな、これ。

 それに亜理紗すごく可愛いし、なんだか頭撫でたくなる感じ。

 ふふっ、それじゃあ失礼して……とっとと、今はストップだな。


 父さんと母さんがすごく優しい目で俺たちの事を見てて……なんか気を遣われてる感じでヤダ!

「ホント仲いいけど、親の前で見せつけるのはどうかと思うよ……まあいい感じにまとまったみたいで良かった。あーちゃんとひー君ね……ふふふっ、若いわね、二人とも! 私もそう呼ぼうかしら?」


「それ良いね。僕もそう呼ぼうかな? ひー君、あーちゃん!」


「おばさんとおじさんまで! 私の事はいつも通りで良いです、亜理紗でいいです! 亜理紗が良いです!」

 クスクスからかうようにそう言う両親に亜理紗が大きく声を出して必死の抵抗。

 相変わらず俺の両親は人をからかうのが好きだ。


「ごめんごめん、冗談よ。そうだ二人ともケーキ買ってきたけど食べるでしょ?」


「本当に冗談ですか……ケーキは食べます、ブルーベリーのやつが良いです!」


「俺はモンブラン!」


「そんなの買ったかなぁ……期待には沿えないけどちょっと待っててね、ひー君、あーちゃん♪」

 年甲斐もなく舌をペロッと出した母さんがそう言って父さん片手にキッチンへ。


「むー、あーちゃんヤダって言ってるのに……むー!」

 そして残ったのは俺の胸をリズミカルに叩きながら可愛くリスみたいにほっぺを膨らませる亜理紗だけ。一生見ていたい可愛さある。


「まあ、父さんと母さんもからかうの好きだからさ。いずれ直るよ、いずれ」


「そうかもだけど、やっぱり恥ずかしくなって……って言うかひー君が言わなかったらそうはならなかったんだよ! やっぱり反省して!」


「はいはい、猛省猛省!」


「もっとちゃんと反省しろ! にゃんにゃんぱんち! くらえひー君!」


「あはは、気持ちいい気持ちいい!」


「反省しろ! にゃにゃにゃー!」

 何だかいつもより幼い気がする亜理紗に胸をパンチされながら、母さんがケーキを持ってくるのを待つ。

 ああ、なんだか楽しいな、今日も俺は幸せです!



「……青春してるわね、あの二人。早く付き合っちゃえばいいのに」


「まあまあ、そのうちでしょ。ところでしーちゃん、何飲みたい?」


「……何よ、お父さん急に。そんな呼び方しちゃって」


「いやー、あの二人見てると昔の事思い出しちゃってさ。だからちょっとだけ、昔みたいにしーちゃんって呼んでみたくなった。付き合いたてのあの頃みたいに」


「全く、あなたって人は……子供の前では呼んじゃダメよ、こーちゃん」


「わかってるよ、しーちゃん……ふふふっ、ホント懐かしい」


「そうね、あの頃戻ったみたい……ふふふっ、こーちゃん」




 ☆


「ひー君、起きて。ひー君、朝だよ、起きて。 ご飯作ったよ、あ、あーちゃんがご飯作ったよ、起きてひー君」


「……んんっ、おはよ亜理紗。いつも起こしてくれてありがとね」


「どういたしまして! おはよう、ひー君。早く降りてきてね」

 寝ぼけ眼にうつるのは制服エプロン姿で俺の身体をゆさゆさと揺らす亜理紗。

 俺にものすごくキレイで清楚な笑顔を浮かべて俺の名前をひー君、って……本当に嬉しいな、幸せだな……ところで。


「ねえねえ、亜理紗さっき自分の事あーちゃん、って言ってなかった? 自分で自分をそう呼んでなかった?」

 何か夢の中でそう聞こえた気がするんだけど。

 自分の事あーちゃん、って……想像したらめっちゃ可愛い!


「へ、そ、そんなことしてないよ! やってない、あーちゃんなんて言ってない!」


「おかしいな、聞こえた気がしたんだけどな……本当に言ってないの、あーちゃん? ホントにホントにあーちゃん?」


「も、もう! 朝からあーちゃん禁止! 今日のお弁当にひー君の嫌いなハチの子いれるよ!」


「ハチの子は困るなぁ……それじゃあ着替えるから下で待っててね、亜理紗」


「……うん、待ってます。だから早くね、ひー君」

 そうニコッと笑って扉を閉める……やっぱり嬉しいな、この生活!



 ☆


「ねえ、鮫島ちょっといい?」

 2時間目と3時間目の中間、亜理紗にそう声をかけられる。

 学校だから名字だけど、なんか……ふふっ。


「ど、どうしたの鮫島、急に笑い出して!」


「いや、その……ふふっ、ごめん。なんか違和感」

 これまでは当たり前だったのに、名前で呼んでくれるようになってからだと凄い違和感あるな、これ。

 鮫島、って……ふふっ。


「鮫島笑わないで! もう鮫島、鮫島!」


「ふふっ、ごめん……ふふふっ」


「も、もう……帰ったら亜理紗がいくらでもひー君って呼んであげるから今は我慢して。学校だからダメなの」

 なんだか笑いが止まらなくなった俺の耳元でくすぐったい声でそう囁く。

 やっぱりひー君が嬉しいな、じゃあ俺も!


「柊木、ちょいちょい」


「ん?」


「ひー君も帰ったらいくらでも呼んであげるよ、あーちゃん」


「……んんん!!!」

 耳元で囁いた言葉に一瞬間をあけて亜理紗の顔が一気に赤熱化。

 そしてそのまま俺の足をガシガシと蹴ってきて……ちょっとキックは痛い、キックは痛いよ!


「柊木、キックはやめて! せめてネコパンチがいい!」


「んんん! んんん!!! んー!!! 鮫島、反省しろ! 鮫島!」


「もう柊木、やめてよ……ふふふっ」

 俺の要望なんてもちろん通るわけもなく、落ち着くまで間俺は机越しに柊木に足を蹴られ続けた。

 学校と家では結構違って……でもこれはこれでやっぱりいいな!



 ★★★

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