さようならじゃなくて行ってきます!
駅の構内、改札のすぐ前。
「それじゃあ、私行ってくるね……日向君、亜理紗の事頼んだよ!」
「はい、もちろん! 柔道黒帯のこの僕が亜理紗さんの事、絶対に守ります!」
大きなキャリーバックを持った柊木のお母さんに俺はおどけた口調でそう言う。
今日は柊木のお母さんが旅立つ日、今日がこの街最後の日。
という事で柊木と二人で駅まで見送りに来たんだけど、何だかすごく元気そうで安心した。
それに柊木も、
「ちょ、鮫島そう言う事は……わ、私トイレ行ってくる! トイレ行ってくるからその……二人で何か話してて!」
相変わらずこんな感じでピューっとトイレに逃げ込んで行った。
「ふふっ、ごめんね日向君。うちの娘が相変わらずの恥ずかしがり屋で」
「大丈夫ですよ。それに、そういう所も可愛いですから」
「ふふふっ、べたぼれだね、日向君……ところでこの前に亜理紗にフラれた、って聞いたけど?」
「……痛いところつきますね」
正確にはフラれた、ではない……と思うけど。
でも告白、ってカテゴリーにおいては失敗だったのかな、とは思ってます……いやでもフラれてはないです!
「アハハ、ちょっとからかってみた。ごめん、本当に……ごめんね、日向君」
「ちょ、お母さん!? あ、頭下げないでください!」
「……ごめんね、亜理紗は人を好きになるのが初めてだから。友達もいなくて、家族ですら信用できなくて……だから自分の変化とか初めての気持ちが怖いんだよ、きっと。幸せが怖いんだよ、今の亜理紗は。大好きな人と一緒に暮らして幸せすぎると自分がどうしちゃうか……そう言うのが怖いんだ」
「……なんとなく、わかってます」
「だからさ、ちょっと待ってて欲しい。あの娘がちゃんと自分の気持ちとかそう言うのに整理着くまで待って欲しいんだ……ごめんねわがまま言って。でもお願い。亜理紗が幸せになれまで、亜理紗が君の大好きに、自分の大好きにこたえられるまで、待っててほしいんだ」
そう言って真剣に俺の方を見るお母さん……ふふっ。
「ちょっと、日向君。お義母さん、真剣な話してるんだよ?」
「あ、すみません。昨日亜理紗も同じ話してて、親子だな、ってつい……大丈夫ですよ、俺はそんな簡単に人を好きになれませんし、好きな人を簡単に諦めたりも出来ないです。だから何年たっても、いつまでも……亜理紗の事大好きなままずっと待ってます!」
俺だって人をこんなに好きになったの初めてだし。
だからずっと待ってますよ、亜理紗の事。
「ふふふっ、日向君はホントに頼もしいね。それじゃあもう一度……娘の事、頼んだよ、日向君! 幸せにしないと怒るからね!」
「はい、任せてください! 柔道黒帯の僕が命に代えても大好きな亜理紗さんを守ります!」
「……やけに今日は黒帯を推すわね」
「はい、やっぱり具体的な強さ示した方が良いかと思いまして!」
「アハハ、やっぱり君は面白いな……そうだ、夏休み私の引っ越し先にに来てよ。亜理紗も久しぶりに顔出して欲しいし、それに君も紹介したいし。亜理紗の未来の旦那さまって」
そう言って渡されるのは1枚の白い紙。
そこに書かれているのは住所とそこまでの道のりで……ありがとうございます、お母さん。
「もちろん、亜理紗と一緒に行かせていただきます……今度はちゃんと亜理紗の彼氏として。だから待っててくださいね、お義母さん!」
「……本当に君は頼もしくて面白いね、日向君。そういう所が亜理紗も好きになったんだろうな……本当に亜理紗の事頼んだよ日向君!」
俺の言葉にお母さんはにやにやと嬉しそうに笑って……その顔まで柊木そっくりだ。
そんな話をしているとトイレに行っていた柊木がとことこと戻ってくる。
「あ、お待たせ……何の話してたの?」
「ふふっ、何でもないよ亜理紗……あ、そろそろ時間だ。お母さん行かないと」
「……待って、お母さん!」
そう言った亜理紗がお母さんにギュッと飛びつく。
「もう、どうしたの亜理紗?」
「……お母さん、行ってらっしゃい。身体に気をつけて元気で過ごしてね。体壊したり、喧嘩したりしたらダメだよ」
「……わかってるよ」
「私の事はそこまで気にしなくていいから……だから自分の人生もう一度楽しんでね! 本当に幸せにね、お母さん!!!」
「うんうん」
「あとね、お母さん、お母さん……」
抱き着いた柊木の言葉は楽しそうだけど、でも少し震えていて。
親の門出を祝うようで、でもどこか別れるのが寂しそうで……俺は一歩引いて二人の時間、楽しませてあげよう。
「それじゃあ本当にもう時間だから……亜理紗、日向君、行ってきます!」
「はい、行ってらっしゃいです……頑張ってくださいね」
「うん、行ってらっしゃい……身体に気をつけて元気に過ごしてよ! たまに連絡頂戴よ、お母さん!」
「うんうん……行ってきます! またね、二人とも!」
そう言ったお母さんは見えなくなるまで俺たちに手を振って改札に消えていく。
しばらくそこで立っているとお母さんがのった電車がもうすぐ発車する、そんなアナウンスが駅に響く。
「……行っちゃったね」
「……うん」
「寂しい、柊木?」
「ううん、寂しくない。みんなとも一緒だし、それに鮫島とも、一緒だから。だから、その……全然寂しくない」
恥ずかしそうにそっぽを向きながら、でも寂しそうに声を震わせて。
「よーし、柊木これからどうする? お昼ご飯は食べてこい、って言われてたけどその後、どうしたい?」
「え、その後って……何?」
「今日休みだし、時間あるし! だからもし柊木が行きたいところあるんだったら、一緒に行くよ、って」
「……それなら私、お買い物行きたい! 色々買いたいものとか買わなきゃいけないものとかあるからお買い物、行きたい!」
「OK、柊木が行きたいところ付き合うよ!」
「……なんか言い方に含みがない?」
「ないない。それじゃあまずはお昼ご飯だ! 柊木は何食べたい?」
「ん、そうだね、私は……!」
そんな会話をしながら涼しい駅の構内を密着するような少し熱い距離で歩く。
「……ねえ、鮫島」
「ん?」
「……これから、よろしくね」
俺の方を見て柊木が満面の笑みで微笑む。
今日からまた、新しい生活が始まる。
★★★
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