14話 もうちょっとだけ、待ってくれますか?

『……あ』

 学校に行くための通学路、いつもの場所で亜理紗とばったり会う。

 そうだよな、いつも通りの時間に出たんだ、そりゃ会うよな……と、とりあえず平常心、平常心。


「お、おはようあり……柊木。きょ、今日はいい天気だね」


「う、うん……そうだね、いい天気だね。その、さっきまで雨降ってたの嘘みたい」


「あはは、本当にそうだね……と、とりあえず学校行こっか」


「そ、そうだね……学校、行こ」

 俯き加減に目線を逸らしながらも柊木はちゃんと答えてくれる。

 でもその答えもいつもみたいにするする続かなくて、すぐに無言になって。


「……あ、あのさひ、柊木」


「……ななな何、鮫島?」


「いや、その……あ、今日の宿題ちゃんとしてきた? やってこないと、のもっさんすごく怒ると思うけど」


「あ、数学の宿題ね……うん、やってきたよ。野茂先生、怖いもんね」


「そ、そっか! それなら良かった!」


「う、うん! 良かった、ね」


「アハハ、良かった……」


「うん……」

 そんな他愛ない会話をしていてもやっぱり会話は続かなくて、すぐに沈黙に変わって。学校までの十数分がすごく長く感じて空気が重くて。


 ……やっぱり昨日の事、だよな。

 何というか消化不良ではないけど、ふわふわしてるというか、重いというか……やっぱりちゃんとしておかないと。

 そうだ、ちゃんと……ちゃんとしておかないと!


「……あ、あのさひ、亜理紗! き、昨日の事なんだけどさ!」


「……!」


「あ、待って逃げないで! 逃げないで聞いて!」


「……うん」

 俺の言葉を聞いて逃げ出そうとする柊木の腕を掴む。

 ふるふると首を振って拒否しようとした柊木だけど、でも最後は観念した様にすんとおとなしくなって。


「あ、あのさ亜理紗昨日の事なんだけど!」


「う、うん……」


「そ、その……待ってるから! 俺待ってるからさ、亜理紗が慣れるまで、整理つくまで、ずっと亜理紗の事好きでいるから! だから、えっと……返事はいつでもいいから! 返事はいつでもいい、俺はいつでもずっと亜理紗の事大好きだから。だから、俺はずっと大好きなまま亜理紗の事待ってるから!」

 そうだ、今すぐ焦って結論を出さなくてもいい。

 無理に出してもさらにこじれるだけだ……だから俺はずっと待ってるんだ、亜理紗の事好きなままで。

 それが俺に出来る最良の選択だから。


「……」

 無言の腕の先を見ると、ずっと顔を俯いたままの亜理紗が震えたままで。

 俺の方を見ないようにそっぽを向いたまま、耳を赤くして震えていて。


「……そ、そう言う事だから! だから、その……早く学校行こ! 早く行かないと1時間目に遅れちゃうし!」


「……待って! 待って、日向!」

 その姿を見て急に恥ずかしくなって手を離して歩き出そうとする俺の手を、今度は亜理紗がギュッと掴む。

 今にも泣きだしそうなくらいに大きな瞳に涙をためて、でも意志固く上目遣いで見つめていて。


「……あ、亜理紗?」


「そ、その……小指出して」


「……え?」


「いいから……良いから、小指、お願い」

 変わらない泣きそうな真っ赤な顔でそう言う亜理紗に、少し警戒しながらも小指を出す。


「……んっ」


「え、ちょあ、亜理紗? な、なに!?」

 差し出した小指はスッと亜理紗の小指に包まれて。

 亜理紗の小さくて柔らかい小指の中に包まれて、汗ばんだ温かい体温とか、少しあれた心音が伝わってきて。


「その……昨日は逃げちゃってごめん⋯⋯これが今の返事。これが今できるせいいっぱいの返事だから……だからちょっとだけ待っててくれませんか? 私も絶対日向の事、その、えっと……す、好きでいるから、絶対に好き、だから、大好き、だから……だから私が慣れるまで、私がちゃんと日向の事好きって言えるようになるまで……日向も私の事、好きでいてくれますか?」

 紅潮した真っ赤なほっぺに涙をためた大きな瞳で。

 必死に何かに耐えるように俺の方を見ていて。


「もちろんだよ! 俺はずっと亜理紗の事好きでいる。亜理紗がどんなことになっても絶対に好きでいるから……だから、ずっと待ってるよ」

 もちろん俺の答えは決まっている。

 さっき言ったと同じように亜理紗の事をずっと好きでいるから!


「約束だよ、絶対だよ……待ってね、絶対に答えるから。大好きだから絶対に……答えられるようになるまで頑張るから。日向への、大好きな気持ちに」


「うん、約束。絶対に約束だから。待ってる、大好きな亜理紗の事」

 そう言って繋がれた小指をしっかりと握り直す。

 脆く、弱そうに見えるけど、でも強くて切れない強固な赤い糸。


「……亜理紗、今もドキドキしてる?」


「うん、ドキドキしてる……今にも心臓飛び出しそうだし、身体も熱くて燃えそうだし、頭もトロトロになっちゃいそうだし……すごくドキドキしてる」


「そっか、一緒だね……俺も今、すごくドキドキしてる。身体がポカポカしてきて、心臓もバクバクしてる……だから一緒だね、俺たち」


「もう、ばかぁ……ばかひなた……好き」


「俺も大好きだよ、亜理紗」


「……んんん~!!!」

 か細く消えそうな声を拾いながら、小指を繋いだまま学校への道を歩いた。




「……そうだ、鮫島。今日お母さん最後の日なんだ。最後の日だかラ今日は私、お母さんと一緒に過ごす」


「そっか」


「だから、その……明日から鮫島の家、住んでもいいですか? 明日からずっと、その、お世話になってもいい、ですか?」


「もちろん! 喜んで!」



 ★★★

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