第38話
驚いて止まった絵里にやっと北木が「大丈夫か?」と声を掛けると笛や太鼓にシャンシャンと鈴の音がどこからともなく聞こえてくる。
「余興に私たちの再現劇でもしてるのかしら?」
窓の方から聞こえる声に北木と絵里は振り返り、息を飲む。
黒い紋付羽織袴と黒い着物姿の狐が提灯を持ってずらりとならびその中心には真っ赤なん番傘が開く下に白無垢姿の綺麗なクズハと白い紋付羽織袴姿のエニシが立っていた。
「フフッ驚いた? 天気が良いから結婚式のやり直し」
「北木、いくら思っても言葉で伝えなければ俺と同じようになるぞ」
呆気にとられポカンと口を開けて見ている二人に、幸せそうな笑みを浮かべる狐が北木の背中を押す。
北木は両手をぐっと握りしめて絵里の方へ向きなおる。緊張が伝わり、絵里は生唾をごくりと飲み込んだ。
「紺野君。ぼ、僕は君のことがずっと気になっていて……少しでも一緒に居たくて残業を頼んだり、後輩との飲み会を邪魔したり……子供じみたことをして済まなかった。その、紺野君が好なんだ!付き合ってもらえないだろうか」
なんともへたくそな北木の告白に絵里は驚きと嬉しさと怒りが一気に湧いて、持っていた鞄と紙袋を置いて北木の目の前まで歩み寄る。
「なっ、人がどれだけ悩んだと! 会社から追い出す嫌がらせだとか……姿が戻ったら素気ないし、もうこのままっだった移動届か退職するしかないって……」
「そ、そんな! 姿が戻ったとき興味なさそうだったじゃないか!?だが、嫌がらせだと思われていたとは……本当にすまない」
「そうですよ! 残業なんか頼むより食事とか飲みに行かないかって誘われたかったです! 北木課長は分かり辛いんですよ!」
絵里は叫ぶように北木にモヤモヤと溜まっていた気持ちを吐き出し俯いた。
面食らった北木は一瞬頭を白くしたが、すぐに不安げに絵里に尋ねる。
「僕は嫌われているのだろうか?」
「本当に鈍いわねぇ。ここまで来ると犯罪よ!」
天を仰ぐ絵里の代わりに、白無垢姿のクズハが焦れたように口を挟む。オロオロする北木をみて絵里は呆れて吹き出した。
「フフッ、クズハの言う通り鈍すぎです北木課長。素気ない態度も嫌だったし、残業なんかより誘われたかったんですよ? まだ分からないですか?」
「それは、その恋人になってくれると……」
「そうですよ。取り敢えず北木課長のこと好きっぽいので」
絵里の素直じゃない返事など耳にも入ってないようで北木は真っ赤な顔をして年甲斐もなく両手を上げて喜んでいた。
2人を見物していた狐の御一行がわっと湧き上がり、笛や太鼓を鳴らしだす。
「良かったな北木!」
「絵里、本当にいいのこんな鈍い奴で? いつでも困ったら私の処に来なさいよ」
「クズハの旦那さんも同じようなもんでしょう? 困ったら相談のるよ」
四人は顔を見合わせて笑う。その顔は皆、幸せに溢れていた。
「さあ、クズハ。日が暮れてしまう前に挨拶回りを終わらせよう」
「二人ともお幸せにね!」
「えぇ、そっちもね」
子供の狐が二人、先頭で神楽鈴をシャンシャンと鳴らし、窓をすり抜けお天気雨の空を進んでいく。
その後ろをエニシとクズハを真ん中に行列が続いて出て行った。
手を振り合い狐の行列を見送ると依然電気は落ちたまま日差しに照らされるオフィスに静寂が訪れる。
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