第37話
「お疲れ様です。頼まれた仕事です」
「ありがとう。あと少しで終わるから、コーヒーでも飲んで待っていてくれ」
書類を受け取って確認しながら絵里に言うと北木は書類を置き、またキーボードを打ちはじめる。
――なんで? 仕事終わったんだけど?
怪訝な顔で北木のデスクの前で立ったままの絵里に北木は手を止めて首を傾げる。
「帰っちゃ駄目ですか?」
「えっ!? さっき残って欲しいと言った時は……急ぎの用事でもあるのか?」
「はっ?! 残って欲しいって仕事で残業のことじゃ……」
途中まで言って絵里は自分の勘違いだったことに気づき「早くしてくださいね」と強気な言葉を残し、帰り支度をしに自分のデスクに戻った。
自分のデスクから急いで仕事をする北木の様子を見て、不覚にも恰好いいなどと思う気持ちに絵里は頭を抱える。
狐のぬいぐるみのお腹を指でつつきながら窓の外に目を移すとまだ、変な天気のまま。絵里の気持ちも落ち着かない。
そのまま外を眺めていると窓ガラスに北木の影が映り込み絵里方へ歩いてきているのに気づき、なんとか静まってきたはずの気持ちがまたざわつき始めた。
「待たせて済まない」
「いやっ、その……なんでしょうか?」
落ち着かない絵里は狐のぬいぐるみを引き寄せて抱え込む。
北木はその様子に顔を緩めて笑顔を見せる。
――用事があるなら早く言ってよ! なんか動悸がヤバイ!
絵里の顔は赤くなりそれを隠すように俯き、狐のぬいぐるみを抱く手に力が入る。
北木はそんな絵里の様子には気づかず、涼しい顔で話し始めた。
「紺野君、今回のことは本当に世話になった。改めてお礼を言わせてもらうよ有難う。残業のことも、いつも済まなかった」
「あぁ、お礼はもういいですよ……残業はもう少しタイミング考えて仕事渡してもらえると助かります」
なにかを知らず期待していた絵里は肩透かしを食らったような気分に苦笑いを浮かべる。
――意識しているのは私だけか。なに期待してたんだろう。醜態さらす前に帰ろう。
絵里は立ち上がり狐のぬいぐるみを紙袋に入れ鞄を持つと「お疲れ様でした」と北木に背を向けた。
「ま、待ってくれ紺野君!」
呼び止める北木の声に絵里は歩みを止めるが振り返らない。だが、北木の言葉は一向に続かず空調の音だけが響く。
業を煮やした絵里は「帰ります」と言って歩き出すしたのを北木が止められずに戸惑っているとオフィス内の電気がブツンと落ちた。
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