第23話

携帯電話を片手に迷うことなく縁朱神社にたどり着く。まだ早い時間だと言うのに、若い女の子で賑わっていた。




「神社の看板に学問の神様と書いてあったが……」




 絵里の肩に掛けられた紙袋から小声で北木が話しかける。学問の神様と言っても、受験生で賑わっている様子には見えない。



 学問関係の願いなのか恋愛成就のお礼かは、分からないが絵馬所には沢山の絵馬が掛けられている。




「恋は盲目って言いますし、そこは見えないことになってるんじゃないですか? 思ったより人が多いですね。エニシ見つかるかな」




 声を出して呼びかければ出てくるのではないかと、簡単に考えていた絵里はどうしようかと考える。




――人形持って叫び出したら、痛いの通り越して不審者だよね。どうしようかな。




 そうこう悩んでいると絵馬所の方が騒がしくなり、絵里は何事かと視線を向ける。



 風もないのに絵馬がカタカタと揺れたかと思うと、結んである紐が千切れて絵馬が次々に下へ落ちた。



 周囲の人から縁起が悪い、別れたから落ちたのではないかなどと噂話が上がる。



 神社の神主や巫女が落ちた絵馬を素早く回収し「大丈夫です。雨風により紐が痛んだようです」などと周りに言い放つ。




「いやいや、どう見ても落ちてるの真新しい絵馬じゃん」




 小声で誰にいう訳でもなく絵里が突っ込んでいると、肩に掛けた紙袋から北木が顔を出し、小さな手で絵馬所の端を指す。




「紺野君! あれがエニシじゃないか?!」




 北木が差し示す方向を良く見ると、薄い人影が絵馬を掴んでは落としているのが分かる。




――声かけるのやばそうなんだけど




 二人以外には絵馬を落とす人影は見えていないようで、咎める者はもちろんいない。




「凄く嫌な感じがするんですけど……行くしかないか」




 紙袋の持ち手に力を籠めて人影に近づいて行くと、人影が段々としっかりしたものになっていく。



 着物の姿で大きなクマのような体格をしているが、頭とお尻には北木と同じ耳と大きな尻尾が生えていた。




――間違いなくエニシだよね




 余り人目に付かないよう絵馬所の後ろがわから近づき、周りに人がいないのを確認して絵里は小声で声を掛ける。




「エニシさん? あの、クズハのことでお話しが……」




 俯き絵馬を下に落とし続けていた手を止め、ゆっくりと絵里に顔を向ける。




――げっ、泣いてる?




「クズハを、クズハを知っているのか?」




 大きな体に狐と言うよりも狸の方がしっくりくる丸い目を潤ませたエニシの姿に絵里と北木は引きまくっていた。



 一応クズハのことを知っているようだし、エニシ本人だとは思うが確認のため北木が訊ねる。




「君はエニシだな? クズハのことで話が……」




 言い終える前に大きな手が紙袋に入っていた北木を引き抜き、そのお腹に顔を埋めた。




「クズハの匂いがする……クズハ……」



「や、やめろ気持ち悪い! 放せ変態!」




 暴れて叫ぶ北木に周囲の視線が集まるのを感じ、絵里は慌てて北木を奪い取り素知らぬ顔をして人気の少ない場所に移動した。

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