第15話
「紺野 絵里。あなたは毎日残業を頼む北木が嫌だった」
目を細め射るような視線を向けられ、絵里が言葉を失っていると狐の指先が北木に向けられる。
「北木 常寿。あなたは絵里と一緒に居たいと願っていた……」
狐に心の内を暴かれ、絵里と北木に気まずい沈黙が流れる。
――確かに私は残業が嫌だと思ったけど、願いって言うか愚痴だと思うんだけど……それよりも、北木課長の私と一緒に居たいってどういう意味?
腕のなかでフルフルと震えている北木を見やると、視線に気づいたのか絵里を見上げる。
「その、飲み会を断らせてしまったお詫びに一緒に食事でもと……思っていただけで……」
顔色は分からないが深い意味は無いのだと体を振るわせるほどに、否定したいのだと絵里は理解した。
――だよね。マリッジブルーな狐の思い込みか
気が抜けた絵里が深く息をつくと狐は腰を上げ、北木を覗き込む。
「これだから男は……」
蔑むように北木を見ると、絵里同様に狐は深く息を着き語り始めた。
「周りからはそろそろ結婚しろとか言われて、結糸様が懇意にしている縁朱様[エンジュ]に仕える狐とお見合いをしたわけ。お見合い相手のエニシは良い男で私は恋に落ちたの……とんとん話は進んで結婚式当日にふと気づいたのよ。エニシの気持ちを聞いたことがないって」
結婚式を逃げ出して来たと言うのも衝撃的な話だが、北木の姿でクネクネと女性のように動き話すので内容が上手く頭に入ってこない。
北木は複雑な気分で体を震わせていたが、絵里は限界だったようで吹き出した。
「フフッ、ごめん! 真剣に話を聞いてあげたいけど、北木課長の姿でその口調どうにかならない? まず、クズハは女性なの?」
「女よ。姿はこのままじゃないと、私の居場所がバレちゃうから駄目。目でも閉じて聞いてたら?」
笑う絵里に少しムッとしたのか、クズハは唇を尖らせる。
いつも硬い北木の表情が幼く、コロコロ変わる様は絵里だけでなく他の誰かが見ても驚き笑うだろう。
「ゴホンッ、結婚式を逃げ出してきた云々も大変だと思うが、早く僕の姿を戻してほしい」
「なによ! あんたには優しさもないわけ? 気持ちを言葉に出せないヘタレ男が……だから私が不安になるんじゃない!!」
「く、苦しい! 八つ当たりはよせ!」
北木はクズハに喉元を掴みあげられ、短い手足で必死にもがき尻尾をめちゃくちゃに振り回す。
流石にまずいと絵里は北木をクズハから奪い返した。
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