正体
第14話
絵里は深呼吸をして胸に抱いた北木を見る。狐のぬいぐるみは絵里の視線にコクリと頷いた。
――正体暴いてやろうじゃない!
意気込んで席を立ち、北木のデスクに向かう。慌てた様子など微塵もなくいつもの涼しげな眼で絵里たちを見上げる。
「みんな帰ったようだね。話と言うのは?」
「とぼけないでください」
「お前は何者だ!? この狸、人の姿を勝手に……正体を現せ!」
北木の怪しい視線に絵里は少し腰が引けていたが、その腕の中で暴れる北木は息巻いた。
固唾をのんで座る北木を見ていると、片手を額に当ててクツクツと笑い出す。
「あら、残念! 狸じゃなくて、キ・ツ・ネ」
小首を傾げ科って笑う北木に絵里と抱えられた北木は固まった。
聞きなれた北木の声より少し高めで、視線の怪しさは怖さではなく、不気味と言うのがしっくりくる。
――なに? 北木課長の正体はオネエってこと?
あまりのインパクトに絵里の頭に浮かぶ答えが歪んで導き出される。
「狐でもなんでもいい! 早く俺の姿をもとにもどせ!」
本題から逃れようもない絵里に抱えられた北木が、声を荒げて叫ぶ。
絵里もその声に、我に返り瞬きをしてオネエ然り狐だと言う北木を凝視した。
「そんなに怒ることないじゃない。願いが叶って誰も損してないと思うんだけど?」
「なにも願ってなどいない! こんな状況だれが願うんだ! 紺野君、きみが願ったのか?」
「まさか!? 私も、心当たりないですよ」
自分の姿でオネエのように話すのを見るのは今の北木に更なるショックを与えているようで、いつもの冷静さを欠いていた。
狐は席から立ち上がると、絵里と北木の隣に来てニッコリと笑いデスクの端に腰を置き足を組むと、ネクタイを緩めて話し出す。
「私、結糸神社[ユイト]に仕える狐でクズハって言うの。昨日、結婚式だったわけ……人で言うところのマリッジブルーっていうの?逃げ出して来たのよ」
「それが、今の状況にどう関係があると言うんだ……」
静かに怒りを含んだ北木の声がオフィスに響く。結婚式を逃げ出して来たと言う突飛な話と、人から狐のぬいぐるみに姿を変えられてしまうこととの繋がりが分からない。
現状、たいして痛手を被っていない絵里は北木ほどの怒りや焦りはないので、抱えている北木の頭を撫でて諌める。
北木を諌める絵里を興味深げに見ながら狐が指をさす。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます