第13話

人間の北木は普段となんら変わらなかった。違いと言えば、終業間近に要らぬ残業を持ってこないだけ現在の北木のほうが、絵里の好感度が高いと言うくらいだろうか。



 朝から言いつけ通り微動だにせず、ぬいぐるみを演じていた北木が不意に絵里に小声で話しかける。




「紺野君! 仕事が済んだら、あいつの元に連れて行ってくれ!」



「言われなくてもそのつもりです。大人しくして下さい」




 興奮しているのか微妙に尻尾が動き出した北木をなだめ、切の良いところで仕事を終えた。



 終業の時間が過ぎ周りで「お疲れ様」の挨拶が聞こえる。



人間の北木を絵里が盗み見ると挨拶を交わしながら、珈琲を飲んでいて直ぐに帰宅する様子はない。




「紺野君、早く行かないと!」



「分かってますよ……はぁぁ」




 仕事中に妙な出来事を整理してだいぶ冷静になった絵里は狐のぬいぐるみの中に機械が仕込まれている可能性についての考えを改めていた。



 真紀からのお土産である人形の存在を北木が知って機械を仕込む機会はないだろうし、真紀と北木がグルと言う線も考えにくい。




――結局、狐につままれたような不思議なことが起こっているって考えるしかないんだよね



 絵里はオフィスに人が少なくなってきたのを見計らって狐のぬいぐるみを抱え、北木のデスクに向かった。




「お疲れ様です北木課長。少しお話があるんですけど」



「お疲れ様。あぁ、みんなが帰ったら話そうか」




 デスクに座る北木は珈琲の入ったマグカップを置くと、すべて分かっているという視線を絵里と狐のぬいぐるみに向け口の端を上げた。



 もうオフィスから人影は無くなりそうだが、気味の悪い北木の視線に絵里は「分かりました」と自分のデスクに引き返す。




「絵里さんお疲れ様です!」



「お疲れ柴田君。昨日はゴメンね」




 柴田の声に引きつった絵里の顔がほぐれる。昨日のことを謝る絵里に、柴田は照れ笑いを浮かべながら首を振った。




――わかりやすいな柴田君。




 抱えられている北木も感じたのか、笑いを堪える振動が絵里にも伝わる。




「新しいことも聞けそうだし、また誘ってよね!」



「あっ、はい!」




 満面の笑顔で歩いて行く先には一緒に帰るのか真紀の姿があり、二人そろうと絵里に手を振って帰っていた。




「学生の頃を思い出す……」




 抱えている北木がぼそりと呟く。絵里は苦笑いをしながら、抱えた北木を覗き込む。




――北木課長にもそんな可愛い頃があったんだ?




 潔癖で真面目。顔は悪くないが女性を寄せ付けない雰囲気がある北木を思うと、学生時代といえ信じがたい。




「フフッ、意外ですね」




 笑いを抑えながらデスクに向かい、椅子に座るころにはオフィスには絵里と北木しか残っていなかった。

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