第11話

「北木課長? そろそろ電話して大丈夫だと思いますよ。石田係長なら出社していると思いますけど……あっ、携帯に直接のほうがいいですか?」




 すっかり着替え終わり、会社で見慣れた絵里の姿をほんの少しだけ残念に思いながら、切り替えるように尻尾を立てて背筋を伸ばす。



 絵里は自分の鞄から名刺入れを取り出して石田の名刺を探しはじめる。




「会社に直接掛けるから大丈夫だ。居なかったら一緒に会社に連れて行ってほしい。紺野君の出勤途中で連絡する」



「分かりました。袋の準備しときますね」




 その間に北木は転がっている電話の子機に近づき、会社に連絡をする。



 呼び出し音の後、思ってもいない人物が電話に出る。




「おはようございます。フォックス商事、北木でございます」



「……あの……き、北木ですか?」



「はい? 失礼ですがお名前お伺いできますか?」



「いや……済みません、間違えました……」




 北木は電話を直ぐに切ってその場に固まったまま、混乱する頭を必死に整理していた。




――俺だったよな? それじゃ、俺はなんだ?




 ただのぬいぐるみのように動かなくなった北木の前に、紙袋を持った絵里が戻ってきて連絡の有無を聞く。




「連絡取れましたか? 石田係長っていつも早いのは知っているんですけど、何時に出社しているんですかね?」




「あぁ……それよりも、僕が会社にいる」



「はっ? いま目の前にいるのが北木課長じゃないんですか?」



「そ、そうだが……」



「もしかして……」




 動揺する北木をよそに、絵里は憤慨したように立ち上がり棚にあった鋏を持って戻って来る。



 北木の頭を鷲掴みにすると首筋に鋏を当てお腹辺りに怒鳴った。




「やっぱり中にマイクとか機械が入ってるんですね!? 覚悟してください……腸引きずり出してやる」



「ちょっ、待ってくれ! 腹には綿しか入ってない! それに、どうやってそんなもの仕込むんだ!」




 短い手足を懸命に動かして否定する北木の姿をまだ信じられないという視線で絵里が凝視する。



 頭を鷲掴みにしていた手を放し、ベッドに転がった北木の鼻に鋏の切っ先を向けて脅す。




「後から騙してましたとか言って謝っても、壊しますからね。さっさと会社で真相のほど確かめましょう」




 鋏を置くと昨日、入れられていた紙袋に北木を投げ込んで鼻息荒げに絵里は自宅を出た。

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